for you…playback Part 3

🌙spring
7話「お嬢様」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
椋の木を使った贅沢な造りの
一本カウンターは、
荒削り風に施され職人の気概を
感じさせてくれます。
手作りで作られた
指揮台のようなそれは、
奥までと伸びていて
この店の象徴で
ZESTの顔でありました。

僕は、凹型の二階席を好み
ソロで活動していた事もあり
そこで労いを込めて
手伝ってくれるメンバーと
一緒に酒を飲むのでした。
なかなかどうして…。
いつも笑顔で客に
対応するMは、僕が知らない
世界の人のようでした。
山の手の人と云うべきか…。
無垢で清楚を纏ったような
身の振る舞い、育ちの良さ…。
一言でいえば、
絵に描いたような
『お嬢様』でありました。

凹型の席に陣取る
ドレッドヘアーに三つ編み、
スキンヘッドとモヒカン
そして2ブロック
ちょんまげ頭の面々…。
一般的では無い
異様な髪型の集団。
そんな我らにも
気さくに対応してくれる
ショートカットの女子大生M。
最初の印象は、
明るくて感じのいい
お嬢さんでありました…続く。

お嬢様に感謝して
また、明日。

🌙spring
8話「コップ一杯の水」前編

聞こえてますか?
さて、
『コップ一杯の水』の話。
その当時から
大して酒が強いわけでも
ないのに飲み慣れぬ
度数の高い
アルコールを喰らいます。
愚かです。
女性には理解不能な事柄が
オトコ社会にはあるのです。
闘いなのです。
酒の呑みっぷりを
競ったりする生き物なのです。
残念です。

一様座長である僕は、
メンバーを楽しませようと
しゃかりきであります。
弱い癖に一気飲みなどをして
皆を引っ張ります。
旗ふりの役割りなのか
宿命と云うべきか…。
つまらない飲み会では
次が無いのです。
だけれど、
結果は明白。その顛末
酒に飲まれた僕は、深い眠りに
つくのでした…続く。

アルコールに感謝して
また、明日。

🌙spring
9話「コップ一杯の水」後編

聞こえてますか?
「ここはどこ?私は誰?」
ある種テレビドラマのような
シチュエーション…。
最初 目に飛び込んで
来たものは、
天上高く吊り下げられた
三枚翼のスプリンクラー。
それは、その夜の役目を終えて
静かに停止していました。
その次に目にしたものは、
テーブルにポツンと置かれた
『コップ一杯の水』…。
漸く意識を取り戻した僕は、
このお店の閉店を知り
事の真相をスタッフから
教えられるのです。

酔った僕が、メンバーから
揺り動かされても
起きなかったこと…。
諦めた彼らが、僕を置き去りに
笑いながら
帰って行ったこと…。
それから、
喉の渇きを覚えた僕は
ポツンと置かれた
『コップ一杯の水』を
飲み干し勘定を済ませ
メキシコ料理店を
後にするのでした。

あの頃の我ら、即ち
異様な姿形をした男たちに
とって酔っ払い記憶をなくすの
なんて珍しい事ではなく
持ちまわりのバップ(遊び)
の様なものでした。
今日は、誰を潰す!
それがメンバーの理り…。
潰れるのが主流で
あったのです。
ただ、気遣いに
コップ一杯の水を置いていく…
なんて芸風を
彼らが持ち合わせて
いるとは思えません。

後日スタジオに集まった
メンバーのひとり
モヒカン頭の彼が言うのです。
巨漢にその図太い声を
あげながら
「あの水を持って
来たのはあの子だよ」
続けて「ひとりぼっちじゃ
可愛そうだから」と
言っていた事も覚えており
ニヤリとしたその唇に
好奇心を滲ませて
話してくれるのでした。
ポツンと置かれた
『コップ一杯の水』
それは、紛れもなく彼女
Mのことでした…続く。

その優しさに感謝して
また、明日。

🌙spring
10話「M脳」

聞こえてますか?
それを聞いた時の感情を
どう表現すれば良いのでしょう…。
その後、発表される
ハリウッド映画
ブラッド・ピット主演の
【ジョーブラックによろしく】
大切な台詞として
散りばめられた言葉…。
「稲妻に打たれる」
突然やって来る熱い感情
それは痛みすらも帯びた
激しい心の動き。
どうやら、それなるものに
僕も打たれたようです。

元来単純に
構成された僕の脳
なんちゃってアフリカーナは、
そんな些細なことに
異常な反応を示すようで…
リハーサルを終える迄もなく
すっかりM脳に侵食されて
いるのでした。

「打ち上げ何処に行く?」の
号令一下!リハを終え
我らが向った先は、紛れもなく
強いアルコールが多数存在する
メキシコ料理店を置いて
他に無いのでありました…二章
rain seasonへと続く。

新しい恋に感謝して
また、明日。

for you…playback Part2

🌙spring
4話「アフリカーナ」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
これより先は、
少しばかり時間を戻して
Mとの出会いから
どうしても洗えない髪と
その仲間たちの
話を交えながら綴って
行きたいと思います。

若気の至りとは
良く言ったもので
少しだけ思い込みの強い僕は、
心底アフリカンにのめり込み
打楽器と歌の世界を
追求していました。
決してアフリカーナには
なれないものを…。
肥後ノ国 港町である三角は
戸馳島の出身であります。
育って来た環境や
リズムが違うのです。

田舎の友人にしたらこうです。
「わら〜何しよっとや
親が泣くぞ!東京に
魂売って染まったつや!」
【翻訳】
「身の程を知りなさい…
東京に魂売った
男など友達じゃない!
親が泣いているよ」
⬆︎こんな感じであります。
髪を洗えない
残念なアフリカーナ。
それを思い知るに至るに
暫しの時が必要でありました。

Mとの出会いも
そんな袋小路に迷い込んだ
僕の過渡期の話。
四つ年下の彼女との
お付き合いに至るまでの
きっかけは「コップ一杯の水」
でありました…続く。

その水に感謝して
また、明日。

🌙spring
5話「三宿ZEST」前編

聞こえてますか?
東京は池尻大橋。その昔、
龍池と呼ばれたその尻尾に
リハーサルスタジオが
ありました。なんちゃって
アフリカンの僕は、
そのスタジオを砦とし
稽古を終えれば決まって
その龍池の中心部
三宿のメキシコ料理店へと
足を運ぶのでした。

賑わいを見せていたZEST。
田舎育ちの僕にとって
正にそこはテーマパーク。
映画のシーンに出て来ても
可笑しくはない建物であり
ブリキで作られた外壁は、
手抜き工事と思わせる演出で…。
ザックリとビスで
撃ち抜かれたそれは
細部までしっかりと
計算された斬新なデザインで
あったのです。
うす汚れた波型のトタンは、
このお洒落な街にも
さり気なく溶け込んで
見せているのでした…続く。

三宿の酒場に感謝して
また、明日。

🌙spring
6話「三宿ZEST」後編

聞こえますか?
中にお邪魔すれば…
吹き抜けの大開口。
見下ろすように建てられた
凹型の二階は広く
この店内を一望出来る
場所であり吊り下げられた
スプリンクラーは優雅に
ゆっくりと廻っておりました。
階段を上った入り口の
右手にはテラス席があり
夜風を愉しむのに
もってこいの酒飲み場で
中心部の大広場のそこは、
オーケストラの楽団が演奏する
オペラ劇場のような
雰囲気すら醸し出しております。

椋の木を使った贅沢な造りの
一本カウンターは、
荒削り風に施され職人の気概を
感じさせてくれます。
手作りで作られた
指揮台のようなそれは、
奥までと伸びており
この店の象徴でありZESTの
顔でもありました…続く。

今は無き三宿ZESTに感謝して
また、明日。

for you…playback Part 1

🌙spring
1話「三宿のM」

聞こえてますか?
「あなたは嫌いじゃないけれど
きっと好きにはなれない…」
彼女の声は、言葉の玉となり
水面に零れ落ちる雨粒のように
ポトン”ポトンと僕の心に
波紋を拡げて行くのでした。
この静寂に雨音だけを響かせて…。

好きな人がいて
そしてその相手が
同じ気持ちだなんて奇跡に近いこと…。
そう思っていました。
だけど、今をもってしても
解けない謎があります。
あの時 彼女「三宿のM」は、
何故 僕を受け入れてくれたのか?
「そして、あの人…」の存在。
この日記では、
Mとの出会いから
楽曲 for you…が出来るまでを
綴っていきたいと思います。

ここは東京。
渋谷に近くお洒落な大人の街…三宿。
歴史を遡るとその昔
この辺りは、蛇池又は龍池と呼ばれた
水の宝庫であったとか…。
お隣りの池尻
低地部の北には池ノ上。
挟まれるような地形にあるそこは、
水が宿る地と呼ばれ本宿 南宿 北宿
と云う地名から「水宿」が転じて
名付けられた三宿。

国道246号線 玉川通り。
1990年代当時 三宿の交差点近くに
嘗てZESTと呼ばれた
メキシコ料理店がありました。
三宿の彼女Mとは、
そこでアルバイトをしていた
ショートカットの大学生。

「あなたはタイプじゃない」
僕は、その三宿の彼女つまりはMに
こっぴどく振られてしまうのです。
彼女とのはじまりは、
散々たるものでありました…続く。

三宿の街に感謝して
また、明日。

🌙spring
2話「洗えない髪」前編

聞こえてますか?
さらに…。
「あなたの格好が嫌!」
「何よりそんな髪型の人とは
絶対無理!」
僕だって人の子。
そこまで言わなくても…なくらい
正直でもの事をズバリと言う
女性でありました。

ただ、言われて当然な
ところも確かにあったのです。
あの当時の僕は、
打楽器音楽に傾向し
カポエラなる格闘技のダンスを
楽曲に取り入れ
アフリカンに陶酔しておりました。
それに伴い僕の姿形も
変貌を遂げるのでした。

「その髪いつ洗うの?」
三つ編みにした肩まで伸びる髪に
パステルカラーのビーズを
あしらったそれを指差し
Mが言うのです。
それは、洗ってはならない
髪型でした…続く。

あの頃に感謝して
また、明日。

🌙spring
3話「洗えない髪」後編

聞こえてますか?
普通に洗えば、
直ぐに崩れてしまいます。
頭皮だけをマッサージするように
週に一度 ないしは二度…。
痒みに打ち勝てば、人間大抵の
事には慣れるものです。
問題ありません。

以前あなたの事を書いた日記…。
顔の三倍はあろうか
アフロばりのそのくるくるパーマは、
「スズメの巣ですか?」
と言いたくなる代物で、
決して風になびくことのない
その金色の髪の毛は
乾いた紙粘土のようでも
ありました…。
「畦道とハイヒール」episode1より

血は争えません。
奇抜な風貌は母親譲り。
僕はやっぱり
あなたの息子でありました。

そんな事など知る由もないM。
只々彼女には、
我慢がならないのです。
世捨人のような衣装を身に纏い
虫が棲みついても可笑しくない
ロングヘアーのうす汚れた男を
恋愛対象としてどうしても
見れないのでした。
Mは、新種の動物を見るかのように
その眼差しを向けた後
ありえない!とも言いたげな素振りで
被りを振るのでした…。

これより先は、
少しばかり時間を戻して
Mとの出会いから
どうしても洗えない髪と
その仲間たちの話を交え
綴って行きたいと思います…続く。

若かれし頃に感謝して
また、明日。

 

汚れなき愛を信じて 総集編 playback…last

 

🍁最終章/55話「それから」後編

聞こえてますか?
昨日の続き…。
あれからの僕らは、
離れたり戻ったりを繰り返し
その先にあるものに目を伏せて
次第に努力さえも
しなくなって行きました。
そして
それからの僕たちは、
四度目の夏を迎えることは
なかったのです。
1995年 夏の終わり。
その年号とその季節が
二人のピリオドを教えて
くれたのかも知れません。

彼女が拵えた店内の雰囲気を
愉しみながら僕はお酒を
美味しくいただきます。
錦糸町に根を張り女手ひとつで
のし上がって来た彼女の剛と
生きざまを感じずにはいられません。
その日 遊びに来ていた
彼女のお母さんも元気でした。
一つ違いの妹は、
姉を助けるように
お店の切り盛りで一生懸命です。
母…姉妹、家族。
それはとても
美しい光景であるのでした…。

【回想1】
坂道をのぼり出す頃に
彼女は、手回しでドイツ車とは
名ばかりの車の窓を開けました。
東京湾に近いそこは
海風がよく通り
潮の香りと夏の到来を
教えてくれたりもします。
7話「船橋橋」より
【回想2】
助手席に座る彼女は、
壊れた空調設備の代わりに
手回しで車の窓を開けました。
夏の香りを招き入れるように
彼女の長い黒髪は、
その風に吹かれていました。
1話「百草高台」より

さっきまでの僕と彼女は、
こうして乾杯する迄に
別々の道を歩んできました。
互いに色々あったのは、
目を見ればわかるものです。
「体は大丈夫?」
すっかりそんな会話が成立する
年齢になってしまいました。

相変わらず彼女の声は、
どこか自信なさげで 儚くも
僕の耳には心地よく響いています。
前に出ようとはしないタイプの彼女。
それは、年齢と様々な試練を重ね
その謙虚さと姿勢の良さを
さらに増しているように思えました。

【回想3】
僕は、歌でも
聴いている気持ちで
その声に耳を傾けました。
それは、とても心地よく響き
僕の心にゆっくりと
降りて来るのでした。
夜明けが、
この屋根裏部屋にも
初夏の風を運んでくれています。
そして僕はまた、何本目かの
煙草に火を点けるのでした…。
5話「屋根裏部屋」後編より

そして、二杯目のグラスを空けて
僕と彼女とその家族は、
あらためて乾杯をするのです。
2017年12月11日
今日は彼女の誕生日。
あの百草高台の
屋根裏の夜から二七年が
経っていました…最終話へ続く。

君の家族に感謝して
また、明日。

🍁最終章/最終話「船堀橋の風」

透明度を増した十二月の空は、
その沈みゆく夕日も黄金色に
キラキラと輝いていました。
新大橋通りと船堀街道の交差点。
左手に見える船堀タワー。
ここでの信号待ちは、
いつだってあの頃の想いでを
連れて来るようです。

あの時よりも幾らか大きい車の
クラッチを踏み、
ギアーをファーストに入れました。
それから僕は、
肌寒い季節にも関わらず
窓ガラスをいっぱいに開けて
ゆっくりとそこへと続く坂道を
のぼるのです。
船堀橋に吹き抜ける
あの風を感じるために…おわり。

君に感謝して
また、明日。

 

汚れなき愛を信じて 総集編 playback…21

🍁最終章/53話「それから」前編

聞こえてますか?
昨日の続き…。
切れてしまいそうな『歌の糸』を
僕らはただ見ているに
過ぎませんでした。
その絡み合うように捻れた糸が、
くるくると回りながら
その糸が痩せてゆく様を…。
途切れそうな『ツナガリ』に
僕らは、目を閉じました。
ひらひらとその手の平から
溢れ落ちてゆくのを感じながら…。
あの百草高台の屋根裏の夜から
三年が過ぎた頃
僕と彼女と、1995年の夏が
終わりました。

2017年 12月 東京。
師走の錦糸町は、クリスマスを
待ち侘びるかのように
人も街もキラキラと輝いていました。
僕は懐かしさのあまりに
その歩幅を緩めるのです。
あの頃の面影を残すもの…。
はじめて待ち合わせをした
丸井デパート前の京葉道路。
僕はその脇を通り
この街きっての歓楽街へと
進みました。

【回想】
最初の待ち合わせ場所は、
錦糸町駅前にある
丸井のデパート前でした。
夜も深い時間だけあって
車の往来も疎らな京葉通りは、
容易に駐停車出来る空き具合でした。
だけれど、彼女はもう既に
来ているようです。
スラリと伸びたその長身は、
夜にだって目立ってしまいます。
それから僕らは、
おそらく東京で一番
綺麗な夜景が見える場所へと
車を走らせるのでした…。
4話「クリームシチュー」より

変わってしまったもの…。
以前専属ボーカリストとして
働いていたGS-CLUBの看板は、
違う飲食店に様変わりしており
箱バンで賑わいを見せていた
あの頃の高級倶楽部も
息を潜めているようです。
僕はミニストップと書かれた
屋号のコンビニエンスストアーを
右へと曲がり
ある店の前で足を止めました。

この街には、
けっして変わらない人がいます。
あの長い黒髪と
魅力的な瞳を持つひと。
そのスラリと伸びた長身は、
どこでだって目立ってしまいます。
彼女でした…続く。

12月のこの街に感謝して
また、明日。
🍁最終章/54話「それから」中編

聞こえてますか?
この地で生まれ
この街で育った彼女は、
あの頃と変わらず力強く
生きていました。
オーナーである
彼女のお店に腰を下ろし
ウィスキーをオーダーします。
L字形のカウンターは
まだ新しくシンプルでありながらも
この店の顔というべき
落着きをはらっております。
飾られたインテリア
つまりはアンティークを
兼ね備えた小物たちは、
鮮やかにこの空間を彩っていました。
そして、
その壁に貼られた大ファンである
プロレスのポスターは、
江戸っ子である彼女を
象徴するかのように
このお店を『粋』で『乙』もの
しておりました。

【回想1】
何より彼女の理想の男性は、
ガッチリとした男らしい人…
大のプロレスファンで
あるのでした。
「三沢チョプ」などと言いながら
ふざけて来ます。
彼女が言いました。
「三沢光晴が私のタイプ!」
ダウンです。
相手はタイガーマスクです。
伊達直人であります。
敵う相手ではありません。
僕とはあまりにも真逆。
よくもまあ いけしゃあしゃあと
そんな事が言えたものであります。
20話「男と女 中編」より
【回想2】
彼女は、その外見に反し
古風なところがありまして
江戸っ子の気質か
はたまた環境によるものなのか…
洋風に例えますと
アンティークなものが
お好みでありました。
例えば、プリンス・マンションの下に
リアカーを引いてやってくる
赤提灯のおでん屋さん。
彼女の注文も酒の飲み方も
江戸でいう処の『粋』でありました。
14話「江戸っ子」より

彼女らしいなと思いながら
ウイスキーのグラスに
口をあてました。
あれからの僕らは、
離れたり戻ったりを繰り返し
その先にあるものに目を伏せて
次第に努力さえも
しなくなって行きました。
そして
それからの僕たちは、
四度目の夏を迎えることは
なかったのです。
1995年 夏の終わり。
その年号とその季節が二人の
ピリオドを教えてくれたのかも
知れません…続く。

遠き日の想いでに感謝して
また、明日。

 

汚れなき愛を信じて 総集編 playback…20

 

🍁最終章/51話
「彼女から笑顔が消えた日」前編

聞こえてますか?
昨日の続き…。
今 僕の胸に抱かれたひとは、
傷ついたひとりの幼い子どもで
父親の手の温もりを知らない
可哀な少女であったのでした。

もう彼女は、船堀橋の上で
車の窓を開けたりは
しませんでした。
吹き抜けるはずのその風は、
途絶えてしまいました。
彼女から笑顔が消えました…。

心の中にしまって置いたものを
洗いざらい打ちあけた彼女は、
そんな自分が許せないようでした。
それこそが、彼女を支えていた
強さ源泉(みなもと)で
あったからなのかも知れません。

【回想1】
父親の話は、
したがりませんでした。
僕もそれにさわることを
しなかったし
聞くつもりもありませんでした。
だけれど、
彼女は一度だけ
それに触れたことがあります。
咳を切ったように話しだしたそれは、
今よりずっと先のことでした…。
12話「過去」より
【回想2】
悲しい瞳に隠され謎…。
彼女の瞳は、僕の腕を縛り
その声は、僕に足枷を嵌めました。
僕は諦めにも似た気持ちで
その入り口の鍵を手にしました。
そして、嘲笑うかのように
差し出された台帳に
執着という烙印を押すのでした…。
28話「足枷と烙印」より
【回想3】
その頃の僕はと云うと
完全に自分を見失い
彼女との接し方にも変化が
起こりはじめていました。
足が地面に着いていない
感覚に囚われ
歩く時の腕の振り具合さえ
とても不自然で
ぎこちないものでした。
まるで重たい鎧を
身に付けているかのように…。
39話「船堀橋大渋滞 中編 」より

無茶なことだとわかっていても
僕は彼女の願いを追い続けました。
『虚勢』という鎧を身に纏い
鼻っからありはしない抱擁力を
あたかも備えているかのように…。
いつの日からか僕も同じように
彼女の父親の影を探していたのです。
代わりなど務まりはしないのに…。
同じものを見ていたはずなのに
どうして僕らは、
すれ違ってしまうのでしょう…。
それを知り得るには、
彼女はまだ若く
そして、僕はより子供でした…続く。

若き日に感謝して
また、明日。

🍁最終章52話
「彼女から笑顔が消えた日」後編

聞こえてますか?
それでも
諦めることさえも恐れた
未熟な僕らは、
続けていく理由を探し裏切られ …。
抗う他に術を知らない
愚かな僕らは、
小さな光のようなものを
あたかも作り出すかのように
そのまぼろしを探すのでした。
だけれど、その度に
この先に何も無いと
思い知らされるのです。
そして、
そのまぼろしを見出すことは
最後まで叶いませんでした。

【回想】
甲斐性もなく
根拠のない自信しか
持ち合わせていない男と
その声が好きだという女を
繋ぐものがあるとするならば、
それは「歌の糸」に
違いないのでした。
11話「歌の糸」より

切れてしまいそうな『歌の糸』を
僕らはただ見ているに
過ぎませんでした。
その絡み合うように捻れた糸が、
くるくると回りながら
痩せてゆく様を…。
途切れそうな『ツナガリ』に
僕らは、目を閉じました。
ひらひらとその手の平から
溢れ落ちてゆくのを感じながら…。
あの百草高台 屋根裏の夜から
三年が過ぎた頃
僕と彼女と、1995年の夏が
終わりました…続く。

彼女の笑顔に感謝して
また、明日。

 

汚れなき愛を信じて 総集編 playback…19

🍁最終章/49話「乖離」中編

聞こえてますか?
昨日の続き…。
午前4時○○分。
やはりあの目をしています。
完全に戦闘モードの
その虚ろな瞳は 、
何をしでかすか分からない
鋭さを隠し持っていて
また同じ分量の悲しみを
混ぜてもいました。
ジキルとハイドは
誰の心にも存在する。

ジキルとハイドとは…。
ジキルが薬を飲む事によって
性格や容貌までもハイドと云う
人物に変化して行く
二重人格を題材にした代表的な小説。

悲しい予感は、
何故に形となって現れるのでしょう。
彼女は、酒に酔ってはいても
限りなく素面でした。
変身してるのは、
むしろ僕の方だったのかも
知れません。

彼女は、はじめて
父親の話に触れました。
咳を切ったように喋りだしたそれは、
とても切ないものでした。
その目に浮かべたものは、
『憎悪』それ以外の何ものでも
なかったのです。

僕は気付いていました。
彼女が求めていたものを…。
そしてそれが、
僕にはどうすることも出来ないと
いうことも…。
分かっていました。
父親の代わりなど
務まる筈の無いことを…。
優しくなろうとすれば
余計に反撥する彼女でしたから…。
それを欲している彼女の目を
僕はいつの日からか感じていました。
分かっていたのです。
到底僕なんか
遠く及ばないと云うことも…。
だけどこの関係を
壊したくは無かったし
何より彼女を独りには出来ない…。
だから…僕は…。
彼女の想いと、その願いを
受け止める事さえ出来ない
僕は無力でした…。

時計の針は朝の5時を指しました。
互いに疲れ果て
罵る言葉に尽きた頃
彼女は突発的な
最後の行動に出ました。
外に飛び出した彼女を
追いかける僕は、
完全に理性を失って
しまうのでした…続く。

悲しい瞳に感謝して
また、明日。

🍁最終章/50話「乖離」後編

聞こえてますか?
午前5時○○分。
それはまさに
狂気の沙汰の行動で
常軌を逸した行為でした。
余りにも悲しくて愚かなこと…。
裸足のままの彼女は、
マンションに設けられた
落下防止防止のフェンス
つまりは、
アプローチの手すりに
片足をかけて
今まさに高層階から
飛び降りようとしているのです。
僕は彼女を掴みそしてはじめて、
彼女に手を挙げてしまいました…。

その身を傷つけることでしか
伝えることの出来ない女と
疑うことでしか
表現出来ない男の心は、
どれだけ乖離しているのでしょう…。
その肌でしか
確かめることの出来ない男と、
その声以外に
信じることのない女の
アイノカタチは、
どれだけ違うのでしょう…。
愚かな行動で得るものなど
何一つないものを…。

僕は、間違っていました。
そこで蹲っている人は、
決して大人の女性などでは
ありませんでした。
母親に大事にされながらも
唯一叶わなかった父親からの愛…。
時折姿を見せるあの奇妙な行動も
彼女の瞳に浮かぶその悲しみも
総べては、
そこから来るものでした。
甘えることを知らずに来た彼女は、
父親の遅い帰りを待つかのように
震えていました。
ただひたすら
父親の影を追いかけながら…。

今 僕の胸に抱かれたひとは、
傷ついたひとりの幼い子どもで
父親の手の温もりを知らない
可哀な少女であったのでした…続く。

この可哀な少女に感謝して
また、明日。

 

汚れなき愛を信じて 総集編 playback…18

🍁最終章/47話「気配」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
こうしてひとりの男の
歌を聴きに来るのは、
ひとりの女としての生きざま
彼女の『シルシ』に
他ならないのでした…。

午前5時○○分。
それはまさに
狂気の沙汰の行動で
常軌を逸した行為でした。
そして、
余りにも悲しくて愚かなこと。
彼女は、あろうことか
高層階の踊り場
即ち落下防止のアプローチによじ登り
今まさにそこから
飛び降りようとしているのでした…。

午前3時…。
鍵を開ける音がしました。
次に鍵を置く音がします。
それから、
リビングまでのアプローチを
歩く音を感じました。
目を閉じていても
彼女の行動は『気配』で
わかってしまいます。
時計の針は
午前3時をとっくに回っていて
彼女の足下も覚束ないようです。
僕らは限界を迎えていました…続く。

その音に感謝して
また、明日。

🍁最終章/48話「乖離」前編

聞こえてますか?
その身を傷つけることでしか
伝えることの出来ない女と
疑うことでしか
表現出来ない男の心は、
どれだけ乖離しているのでしょう…。
その肌でしか
確かめることの出来ない男と、
その声以外に
信じることのない女の
アイノカタチは、
どれだけ違うのでしょう…。

午前4時○○分。
やはりあの目をしています。
完全に戦闘モードの
その虚ろな瞳は 、
何をしでかすか分からない
鋭さを隠し持っていて
また同じ分量の悲しみを
混ぜてもいました。
ジキルとハイドは
誰の心にも存在する…続く。

そのカタチに感謝して
また、明日。

汚れなき愛を信じて 総集編 playback…17

🍀四章/45話「影」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
前夜からの二人の喧嘩は、
明け方まで続きます。
それでもおさまりの
付く気配がありません。
楽屋入りの時間が
近づいた僕は、
後ろ髪を引かれる思いで
彼女を後にします。
大切な日 その顔に
泣き腫らした跡を残す女と
歌うたいにとって大切な
喉を枯らした男は、
どちらも愚かでした…。

東京は渋谷にある
老舗のライブハウスTAKE OFF 7。
今日は、来ないだろう…。
本番前のリハーサルあとに
僕はそんなことを思っていました。
1990年初頭の時代
気軽に相手の様子を
伺うことの出来る
メールや携帯電話などありません。
手前勝手な気持ちでしか
推し量る術がありませんでした。

Liveがはじまりました。
彼女の姿はないようです。
このまま、終わってしまうのかな。
僕はいよいよ、そう感じていました。
肝入りで準備を重ねたワンマンLive。
出会ったばかりの頃
新宿アルタ前の路上で歌っていた
ことが思い出されます。
彼女に見て欲しいな…。
ずっと、運営に携わって来ていたし
お客様がまだ疎らだったのを
誰よりも近くで見ていたひとだから…。
満員になったこの会場を見たら
喜んでくれるに違いない。
僕は強く願いました。

演奏も終盤にさしかかり
最後の曲のイントロが流れた
その時…。
音を遮るために
分厚く造られたライブハウスの
大扉が開きました。
暗がりの会場に光がさします。
それは、人影のシルエットだけを
僕の目に映しました。
スラリと伸びたその長身は、
どこでだって目立ってしまいます。
彼女でした…続く。

その影に感謝して
また、明日。

🍀四章/46話「ツナガリ」

聞こえてますか?
百草高台の屋根裏の夜の歌が
はじまります…。
諦めかけていた関係は、
まだ歌の糸で繋がっていました。
彼女は、一度として
僕の歌への気持を
違えた事などありませんでした。
それは、
誰かの彼氏彼女のような
趣旨のものではなく
ひとりの女として
Liveに足を運ぶもの…。
彼女だけが知る強い信念だったに
違いありません。

歌の糸で繋がった
男と女という生きものは、
ピンと張りつめた
目にはみえない『ツナガリ』を
その瞬間 その一音に感じて
生きるものなのかも知れません。
僕は、彼女に教えられたのです。
決して外に出られる状態で
無かったにも拘らず
こうしてひとりの男の
歌を聴きに来るのは、
ひとりの女としての生きざま
彼女の『シルシ』に
他ならないのでした…続く。

夏を前にした風
君は大きく吸いこんだ
微笑む君の仕草を こよなく愛した
人を信じるたびに
深く傷ついてきたから
君は誰よりもきっと 人にやさしい

私は弱くないわ
ひとりで生きてゆけるわ
強がる君の瞳 微かな涙をみたよ

君が愛した男たちに
負けない愛を捧げよう
君がいるだけで 僕は強くなれる
汚れなき愛を信じて
〜1coachより

そのシルシに感謝して
また、明日。

汚れなき愛を信じて 総集編 playback…16

🍀四章/43話「男として」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
除夜の鐘が点けっ放しのTVから
聞こえて来ます。
彼女の大晦日料理は、
とても美味しいく
久しぶりにあの百草高台
屋根裏部屋を
思い出させてくれました。
勝手に作りあげた『虚勢という鎧』
僕はそれをその年越しと供に
脱ぎ捨てるのでした。

ひとりの男として
通すものがあります。
二十七年経った楽曲を
今なお歌い続けるのは、
あの頃の気持ちを
大切にしたいからです。
どんなに若く
未熟であったとしても
それは、偽りのない
正直で素直なものでした。
『汚れなき愛を信じて』は、
決して色褪せることのない
他ならぬ僕の『証シルシ』なのです。
そう思わせてくれたのは、
他ならぬ彼女でした。
それは、こんな出来事が
あったからです…。

あの頃の僕らは、
度重なる喧嘩の中で
離れたり戻ったりを
繰り返してながらも
三度目の夏を迎えていました。
自身のバンドも
ワンマンライブ(貸し切り)を控え
そのリハーサルに
没頭していた時期でありました。
だけれど僕らは、
そんな時に限って
喧嘩をしてしまうようです。
大事なイベントを明日に控えた
夜のことでした…続く。

あの夏に感謝して
また、明日。

🍀四章/44話「恋人たちの事情」

聞こえてますか?
出会った頃の喧嘩と
三年目を迎える男と女たちの
言い争いは、その内容の種類にも
違いがあるようです。
一対一の立会い…即ち
甘酸っぱいものなど
入り込む余地のない
真剣での斬り合いの体を
擁したものでした。
『間合い』を間違えれば、
その関係は一瞬で
終わってしまいます。
二人に限っていえば、
恋愛の死を意味しています。

誰もが経験するであろう
恋人たちの事情…。
一年目のそれと三年目のそれ…
その先にあるものは七年目のそれ。
そして…。
樹木の年輪を重ねるように
男と女の関係も
歴史を刻むのかも知れません。

前夜からの二人の喧嘩は、
明け方まで続きます。
それでも、おさまりの
付く気配がありません。
楽屋入りの時間が
近づいた僕は、
後ろ髪を引かれる思いで
彼女を後にします。
大切な日 その顔に
泣き腫らした跡を残す女と
歌うたいにとって大切な
喉を枯らした男は、
どちらも愚かでした…続く。

ひとに感謝して
また、明日。