汚れなき愛を信じて 総集編 playback…last

 

🍁最終章/55話「それから」後編

聞こえてますか?
昨日の続き…。
あれからの僕らは、
離れたり戻ったりを繰り返し
その先にあるものに目を伏せて
次第に努力さえも
しなくなって行きました。
そして
それからの僕たちは、
四度目の夏を迎えることは
なかったのです。
1995年 夏の終わり。
その年号とその季節が
二人のピリオドを教えて
くれたのかも知れません。

彼女が拵えた店内の雰囲気を
愉しみながら僕はお酒を
美味しくいただきます。
錦糸町に根を張り女手ひとつで
のし上がって来た彼女の剛と
生きざまを感じずにはいられません。
その日 遊びに来ていた
彼女のお母さんも元気でした。
一つ違いの妹は、
姉を助けるように
お店の切り盛りで一生懸命です。
母…姉妹、家族。
それはとても
美しい光景であるのでした…。

【回想1】
坂道をのぼり出す頃に
彼女は、手回しでドイツ車とは
名ばかりの車の窓を開けました。
東京湾に近いそこは
海風がよく通り
潮の香りと夏の到来を
教えてくれたりもします。
7話「船橋橋」より
【回想2】
助手席に座る彼女は、
壊れた空調設備の代わりに
手回しで車の窓を開けました。
夏の香りを招き入れるように
彼女の長い黒髪は、
その風に吹かれていました。
1話「百草高台」より

さっきまでの僕と彼女は、
こうして乾杯する迄に
別々の道を歩んできました。
互いに色々あったのは、
目を見ればわかるものです。
「体は大丈夫?」
すっかりそんな会話が成立する
年齢になってしまいました。

相変わらず彼女の声は、
どこか自信なさげで 儚くも
僕の耳には心地よく響いています。
前に出ようとはしないタイプの彼女。
それは、年齢と様々な試練を重ね
その謙虚さと姿勢の良さを
さらに増しているように思えました。

【回想3】
僕は、歌でも
聴いている気持ちで
その声に耳を傾けました。
それは、とても心地よく響き
僕の心にゆっくりと
降りて来るのでした。
夜明けが、
この屋根裏部屋にも
初夏の風を運んでくれています。
そして僕はまた、何本目かの
煙草に火を点けるのでした…。
5話「屋根裏部屋」後編より

そして、二杯目のグラスを空けて
僕と彼女とその家族は、
あらためて乾杯をするのです。
2017年12月11日
今日は彼女の誕生日。
あの百草高台の
屋根裏の夜から二七年が
経っていました…最終話へ続く。

君の家族に感謝して
また、明日。

🍁最終章/最終話「船堀橋の風」

透明度を増した十二月の空は、
その沈みゆく夕日も黄金色に
キラキラと輝いていました。
新大橋通りと船堀街道の交差点。
左手に見える船堀タワー。
ここでの信号待ちは、
いつだってあの頃の想いでを
連れて来るようです。

あの時よりも幾らか大きい車の
クラッチを踏み、
ギアーをファーストに入れました。
それから僕は、
肌寒い季節にも関わらず
窓ガラスをいっぱいに開けて
ゆっくりとそこへと続く坂道を
のぼるのです。
船堀橋に吹き抜ける
あの風を感じるために…おわり。

君に感謝して
また、明日。

 

汚れなき愛を信じて 総集編 playback…21

🍁最終章/53話「それから」前編

聞こえてますか?
昨日の続き…。
切れてしまいそうな『歌の糸』を
僕らはただ見ているに
過ぎませんでした。
その絡み合うように捻れた糸が、
くるくると回りながら
その糸が痩せてゆく様を…。
途切れそうな『ツナガリ』に
僕らは、目を閉じました。
ひらひらとその手の平から
溢れ落ちてゆくのを感じながら…。
あの百草高台の屋根裏の夜から
三年が過ぎた頃
僕と彼女と、1995年の夏が
終わりました。

2017年 12月 東京。
師走の錦糸町は、クリスマスを
待ち侘びるかのように
人も街もキラキラと輝いていました。
僕は懐かしさのあまりに
その歩幅を緩めるのです。
あの頃の面影を残すもの…。
はじめて待ち合わせをした
丸井デパート前の京葉道路。
僕はその脇を通り
この街きっての歓楽街へと
進みました。

【回想】
最初の待ち合わせ場所は、
錦糸町駅前にある
丸井のデパート前でした。
夜も深い時間だけあって
車の往来も疎らな京葉通りは、
容易に駐停車出来る空き具合でした。
だけれど、彼女はもう既に
来ているようです。
スラリと伸びたその長身は、
夜にだって目立ってしまいます。
それから僕らは、
おそらく東京で一番
綺麗な夜景が見える場所へと
車を走らせるのでした…。
4話「クリームシチュー」より

変わってしまったもの…。
以前専属ボーカリストとして
働いていたGS-CLUBの看板は、
違う飲食店に様変わりしており
箱バンで賑わいを見せていた
あの頃の高級倶楽部も
息を潜めているようです。
僕はミニストップと書かれた
屋号のコンビニエンスストアーを
右へと曲がり
ある店の前で足を止めました。

この街には、
けっして変わらない人がいます。
あの長い黒髪と
魅力的な瞳を持つひと。
そのスラリと伸びた長身は、
どこでだって目立ってしまいます。
彼女でした…続く。

12月のこの街に感謝して
また、明日。
🍁最終章/54話「それから」中編

聞こえてますか?
この地で生まれ
この街で育った彼女は、
あの頃と変わらず力強く
生きていました。
オーナーである
彼女のお店に腰を下ろし
ウィスキーをオーダーします。
L字形のカウンターは
まだ新しくシンプルでありながらも
この店の顔というべき
落着きをはらっております。
飾られたインテリア
つまりはアンティークを
兼ね備えた小物たちは、
鮮やかにこの空間を彩っていました。
そして、
その壁に貼られた大ファンである
プロレスのポスターは、
江戸っ子である彼女を
象徴するかのように
このお店を『粋』で『乙』もの
しておりました。

【回想1】
何より彼女の理想の男性は、
ガッチリとした男らしい人…
大のプロレスファンで
あるのでした。
「三沢チョプ」などと言いながら
ふざけて来ます。
彼女が言いました。
「三沢光晴が私のタイプ!」
ダウンです。
相手はタイガーマスクです。
伊達直人であります。
敵う相手ではありません。
僕とはあまりにも真逆。
よくもまあ いけしゃあしゃあと
そんな事が言えたものであります。
20話「男と女 中編」より
【回想2】
彼女は、その外見に反し
古風なところがありまして
江戸っ子の気質か
はたまた環境によるものなのか…
洋風に例えますと
アンティークなものが
お好みでありました。
例えば、プリンス・マンションの下に
リアカーを引いてやってくる
赤提灯のおでん屋さん。
彼女の注文も酒の飲み方も
江戸でいう処の『粋』でありました。
14話「江戸っ子」より

彼女らしいなと思いながら
ウイスキーのグラスに
口をあてました。
あれからの僕らは、
離れたり戻ったりを繰り返し
その先にあるものに目を伏せて
次第に努力さえも
しなくなって行きました。
そして
それからの僕たちは、
四度目の夏を迎えることは
なかったのです。
1995年 夏の終わり。
その年号とその季節が二人の
ピリオドを教えてくれたのかも
知れません…続く。

遠き日の想いでに感謝して
また、明日。

 

汚れなき愛を信じて 総集編 playback…20

 

🍁最終章/51話
「彼女から笑顔が消えた日」前編

聞こえてますか?
昨日の続き…。
今 僕の胸に抱かれたひとは、
傷ついたひとりの幼い子どもで
父親の手の温もりを知らない
可哀な少女であったのでした。

もう彼女は、船堀橋の上で
車の窓を開けたりは
しませんでした。
吹き抜けるはずのその風は、
途絶えてしまいました。
彼女から笑顔が消えました…。

心の中にしまって置いたものを
洗いざらい打ちあけた彼女は、
そんな自分が許せないようでした。
それこそが、彼女を支えていた
強さ源泉(みなもと)で
あったからなのかも知れません。

【回想1】
父親の話は、
したがりませんでした。
僕もそれにさわることを
しなかったし
聞くつもりもありませんでした。
だけれど、
彼女は一度だけ
それに触れたことがあります。
咳を切ったように話しだしたそれは、
今よりずっと先のことでした…。
12話「過去」より
【回想2】
悲しい瞳に隠され謎…。
彼女の瞳は、僕の腕を縛り
その声は、僕に足枷を嵌めました。
僕は諦めにも似た気持ちで
その入り口の鍵を手にしました。
そして、嘲笑うかのように
差し出された台帳に
執着という烙印を押すのでした…。
28話「足枷と烙印」より
【回想3】
その頃の僕はと云うと
完全に自分を見失い
彼女との接し方にも変化が
起こりはじめていました。
足が地面に着いていない
感覚に囚われ
歩く時の腕の振り具合さえ
とても不自然で
ぎこちないものでした。
まるで重たい鎧を
身に付けているかのように…。
39話「船堀橋大渋滞 中編 」より

無茶なことだとわかっていても
僕は彼女の願いを追い続けました。
『虚勢』という鎧を身に纏い
鼻っからありはしない抱擁力を
あたかも備えているかのように…。
いつの日からか僕も同じように
彼女の父親の影を探していたのです。
代わりなど務まりはしないのに…。
同じものを見ていたはずなのに
どうして僕らは、
すれ違ってしまうのでしょう…。
それを知り得るには、
彼女はまだ若く
そして、僕はより子供でした…続く。

若き日に感謝して
また、明日。

🍁最終章52話
「彼女から笑顔が消えた日」後編

聞こえてますか?
それでも
諦めることさえも恐れた
未熟な僕らは、
続けていく理由を探し裏切られ …。
抗う他に術を知らない
愚かな僕らは、
小さな光のようなものを
あたかも作り出すかのように
そのまぼろしを探すのでした。
だけれど、その度に
この先に何も無いと
思い知らされるのです。
そして、
そのまぼろしを見出すことは
最後まで叶いませんでした。

【回想】
甲斐性もなく
根拠のない自信しか
持ち合わせていない男と
その声が好きだという女を
繋ぐものがあるとするならば、
それは「歌の糸」に
違いないのでした。
11話「歌の糸」より

切れてしまいそうな『歌の糸』を
僕らはただ見ているに
過ぎませんでした。
その絡み合うように捻れた糸が、
くるくると回りながら
痩せてゆく様を…。
途切れそうな『ツナガリ』に
僕らは、目を閉じました。
ひらひらとその手の平から
溢れ落ちてゆくのを感じながら…。
あの百草高台 屋根裏の夜から
三年が過ぎた頃
僕と彼女と、1995年の夏が
終わりました…続く。

彼女の笑顔に感謝して
また、明日。

 

汚れなき愛を信じて 総集編 playback…19

🍁最終章/49話「乖離」中編

聞こえてますか?
昨日の続き…。
午前4時○○分。
やはりあの目をしています。
完全に戦闘モードの
その虚ろな瞳は 、
何をしでかすか分からない
鋭さを隠し持っていて
また同じ分量の悲しみを
混ぜてもいました。
ジキルとハイドは
誰の心にも存在する。

ジキルとハイドとは…。
ジキルが薬を飲む事によって
性格や容貌までもハイドと云う
人物に変化して行く
二重人格を題材にした代表的な小説。

悲しい予感は、
何故に形となって現れるのでしょう。
彼女は、酒に酔ってはいても
限りなく素面でした。
変身してるのは、
むしろ僕の方だったのかも
知れません。

彼女は、はじめて
父親の話に触れました。
咳を切ったように喋りだしたそれは、
とても切ないものでした。
その目に浮かべたものは、
『憎悪』それ以外の何ものでも
なかったのです。

僕は気付いていました。
彼女が求めていたものを…。
そしてそれが、
僕にはどうすることも出来ないと
いうことも…。
分かっていました。
父親の代わりなど
務まる筈の無いことを…。
優しくなろうとすれば
余計に反撥する彼女でしたから…。
それを欲している彼女の目を
僕はいつの日からか感じていました。
分かっていたのです。
到底僕なんか
遠く及ばないと云うことも…。
だけどこの関係を
壊したくは無かったし
何より彼女を独りには出来ない…。
だから…僕は…。
彼女の想いと、その願いを
受け止める事さえ出来ない
僕は無力でした…。

時計の針は朝の5時を指しました。
互いに疲れ果て
罵る言葉に尽きた頃
彼女は突発的な
最後の行動に出ました。
外に飛び出した彼女を
追いかける僕は、
完全に理性を失って
しまうのでした…続く。

悲しい瞳に感謝して
また、明日。

🍁最終章/50話「乖離」後編

聞こえてますか?
午前5時○○分。
それはまさに
狂気の沙汰の行動で
常軌を逸した行為でした。
余りにも悲しくて愚かなこと…。
裸足のままの彼女は、
マンションに設けられた
落下防止防止のフェンス
つまりは、
アプローチの手すりに
片足をかけて
今まさに高層階から
飛び降りようとしているのです。
僕は彼女を掴みそしてはじめて、
彼女に手を挙げてしまいました…。

その身を傷つけることでしか
伝えることの出来ない女と
疑うことでしか
表現出来ない男の心は、
どれだけ乖離しているのでしょう…。
その肌でしか
確かめることの出来ない男と、
その声以外に
信じることのない女の
アイノカタチは、
どれだけ違うのでしょう…。
愚かな行動で得るものなど
何一つないものを…。

僕は、間違っていました。
そこで蹲っている人は、
決して大人の女性などでは
ありませんでした。
母親に大事にされながらも
唯一叶わなかった父親からの愛…。
時折姿を見せるあの奇妙な行動も
彼女の瞳に浮かぶその悲しみも
総べては、
そこから来るものでした。
甘えることを知らずに来た彼女は、
父親の遅い帰りを待つかのように
震えていました。
ただひたすら
父親の影を追いかけながら…。

今 僕の胸に抱かれたひとは、
傷ついたひとりの幼い子どもで
父親の手の温もりを知らない
可哀な少女であったのでした…続く。

この可哀な少女に感謝して
また、明日。

 

汚れなき愛を信じて 総集編 playback…18

🍁最終章/47話「気配」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
こうしてひとりの男の
歌を聴きに来るのは、
ひとりの女としての生きざま
彼女の『シルシ』に
他ならないのでした…。

午前5時○○分。
それはまさに
狂気の沙汰の行動で
常軌を逸した行為でした。
そして、
余りにも悲しくて愚かなこと。
彼女は、あろうことか
高層階の踊り場
即ち落下防止のアプローチによじ登り
今まさにそこから
飛び降りようとしているのでした…。

午前3時…。
鍵を開ける音がしました。
次に鍵を置く音がします。
それから、
リビングまでのアプローチを
歩く音を感じました。
目を閉じていても
彼女の行動は『気配』で
わかってしまいます。
時計の針は
午前3時をとっくに回っていて
彼女の足下も覚束ないようです。
僕らは限界を迎えていました…続く。

その音に感謝して
また、明日。

🍁最終章/48話「乖離」前編

聞こえてますか?
その身を傷つけることでしか
伝えることの出来ない女と
疑うことでしか
表現出来ない男の心は、
どれだけ乖離しているのでしょう…。
その肌でしか
確かめることの出来ない男と、
その声以外に
信じることのない女の
アイノカタチは、
どれだけ違うのでしょう…。

午前4時○○分。
やはりあの目をしています。
完全に戦闘モードの
その虚ろな瞳は 、
何をしでかすか分からない
鋭さを隠し持っていて
また同じ分量の悲しみを
混ぜてもいました。
ジキルとハイドは
誰の心にも存在する…続く。

そのカタチに感謝して
また、明日。

汚れなき愛を信じて 総集編 playback…17

🍀四章/45話「影」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
前夜からの二人の喧嘩は、
明け方まで続きます。
それでもおさまりの
付く気配がありません。
楽屋入りの時間が
近づいた僕は、
後ろ髪を引かれる思いで
彼女を後にします。
大切な日 その顔に
泣き腫らした跡を残す女と
歌うたいにとって大切な
喉を枯らした男は、
どちらも愚かでした…。

東京は渋谷にある
老舗のライブハウスTAKE OFF 7。
今日は、来ないだろう…。
本番前のリハーサルあとに
僕はそんなことを思っていました。
1990年初頭の時代
気軽に相手の様子を
伺うことの出来る
メールや携帯電話などありません。
手前勝手な気持ちでしか
推し量る術がありませんでした。

Liveがはじまりました。
彼女の姿はないようです。
このまま、終わってしまうのかな。
僕はいよいよ、そう感じていました。
肝入りで準備を重ねたワンマンLive。
出会ったばかりの頃
新宿アルタ前の路上で歌っていた
ことが思い出されます。
彼女に見て欲しいな…。
ずっと、運営に携わって来ていたし
お客様がまだ疎らだったのを
誰よりも近くで見ていたひとだから…。
満員になったこの会場を見たら
喜んでくれるに違いない。
僕は強く願いました。

演奏も終盤にさしかかり
最後の曲のイントロが流れた
その時…。
音を遮るために
分厚く造られたライブハウスの
大扉が開きました。
暗がりの会場に光がさします。
それは、人影のシルエットだけを
僕の目に映しました。
スラリと伸びたその長身は、
どこでだって目立ってしまいます。
彼女でした…続く。

その影に感謝して
また、明日。

🍀四章/46話「ツナガリ」

聞こえてますか?
百草高台の屋根裏の夜の歌が
はじまります…。
諦めかけていた関係は、
まだ歌の糸で繋がっていました。
彼女は、一度として
僕の歌への気持を
違えた事などありませんでした。
それは、
誰かの彼氏彼女のような
趣旨のものではなく
ひとりの女として
Liveに足を運ぶもの…。
彼女だけが知る強い信念だったに
違いありません。

歌の糸で繋がった
男と女という生きものは、
ピンと張りつめた
目にはみえない『ツナガリ』を
その瞬間 その一音に感じて
生きるものなのかも知れません。
僕は、彼女に教えられたのです。
決して外に出られる状態で
無かったにも拘らず
こうしてひとりの男の
歌を聴きに来るのは、
ひとりの女としての生きざま
彼女の『シルシ』に
他ならないのでした…続く。

夏を前にした風
君は大きく吸いこんだ
微笑む君の仕草を こよなく愛した
人を信じるたびに
深く傷ついてきたから
君は誰よりもきっと 人にやさしい

私は弱くないわ
ひとりで生きてゆけるわ
強がる君の瞳 微かな涙をみたよ

君が愛した男たちに
負けない愛を捧げよう
君がいるだけで 僕は強くなれる
汚れなき愛を信じて
〜1coachより

そのシルシに感謝して
また、明日。

汚れなき愛を信じて 総集編 playback…16

🍀四章/43話「男として」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
除夜の鐘が点けっ放しのTVから
聞こえて来ます。
彼女の大晦日料理は、
とても美味しいく
久しぶりにあの百草高台
屋根裏部屋を
思い出させてくれました。
勝手に作りあげた『虚勢という鎧』
僕はそれをその年越しと供に
脱ぎ捨てるのでした。

ひとりの男として
通すものがあります。
二十七年経った楽曲を
今なお歌い続けるのは、
あの頃の気持ちを
大切にしたいからです。
どんなに若く
未熟であったとしても
それは、偽りのない
正直で素直なものでした。
『汚れなき愛を信じて』は、
決して色褪せることのない
他ならぬ僕の『証シルシ』なのです。
そう思わせてくれたのは、
他ならぬ彼女でした。
それは、こんな出来事が
あったからです…。

あの頃の僕らは、
度重なる喧嘩の中で
離れたり戻ったりを
繰り返してながらも
三度目の夏を迎えていました。
自身のバンドも
ワンマンライブ(貸し切り)を控え
そのリハーサルに
没頭していた時期でありました。
だけれど僕らは、
そんな時に限って
喧嘩をしてしまうようです。
大事なイベントを明日に控えた
夜のことでした…続く。

あの夏に感謝して
また、明日。

🍀四章/44話「恋人たちの事情」

聞こえてますか?
出会った頃の喧嘩と
三年目を迎える男と女たちの
言い争いは、その内容の種類にも
違いがあるようです。
一対一の立会い…即ち
甘酸っぱいものなど
入り込む余地のない
真剣での斬り合いの体を
擁したものでした。
『間合い』を間違えれば、
その関係は一瞬で
終わってしまいます。
二人に限っていえば、
恋愛の死を意味しています。

誰もが経験するであろう
恋人たちの事情…。
一年目のそれと三年目のそれ…
その先にあるものは七年目のそれ。
そして…。
樹木の年輪を重ねるように
男と女の関係も
歴史を刻むのかも知れません。

前夜からの二人の喧嘩は、
明け方まで続きます。
それでも、おさまりの
付く気配がありません。
楽屋入りの時間が
近づいた僕は、
後ろ髪を引かれる思いで
彼女を後にします。
大切な日 その顔に
泣き腫らした跡を残す女と
歌うたいにとって大切な
喉を枯らした男は、
どちらも愚かでした…続く。

ひとに感謝して
また、明日。

汚れなき愛を信じて 総集編 playback…15

汚れなき愛を信じて 総集編
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☘️三章/41話「幻滅」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
時計の針は、
もう既に遅刻を示していました。
初出勤が台無しです。
目的地である西大島まで
あと僅か3.5キロメートルの
距離でありました。

「もう、車には乗るな〜」
「傍迷惑もよかとこっ!うして~」
【翻訳】
『人に迷惑をかけるくらいなら
その車を捨てなさい』
電話の向こうで中学の同級生
厚木のトラック野郎一番星が、
揶揄うように言いました。
ごもっともであります。

嘗て愛川町で居候していた頃
冗談交じりに僕は語ったものでした。
「10リッター未満の車の走行距離と
満タンで走る車の走行距離は、
確実に前者が勝る!」
確かに理屈ではそうなのです。
一番星がケタケタと
その体躯に似合わない笑い声を
あげながら言いました。
「貧乏の痩せ我慢~」
おっしゃる通りです。
そんな事をほざいていたかと
思うと恥ずかしくて仕方ありません。

本音で言えば、
例え草臥れた中古車とはいえ
僕には大切な足。
愛車には変わりないのです。
お腹いっぱい油(ガソリン)を
飲ませてあげたい…
それが親心であります。
でも、無い袖は振れないのも
事実でありました。
かといって、
ガス欠を起こしたら
元も子もありません。

無理にサイズの違う服を
着ようとした報い…。
自分の腕の長さ以上のものを
掴もうとする愚かさ…。
稚拙な空回りの所業は、
やがて呼び水となり
その溝を深くしてゆくようです。
もはや彼女においては、
『幻滅』以外の何ものでも
なかったのかも知れません…続く。

一番星の優しさに感謝して
また、明日。

☘️三章/42話「虚勢の鎧」

聞こえてますか?
季節は移り変わり
船堀の街は冬の装い。
あれからの僕らは、
喧嘩をしながらも
『歌の糸』一本で
かろうじて繋がって
いるようなものでした。
こんなエピソードがあります。
それは、プリンス・マンションで
年を跨ぐ大晦日の話。

料理で忙しい筈の彼女が
トイレから暫く出て来ません。
どうしたものかと
様子を伺うと…
TOTOと書かれた製品と
対峙している最中でした。
どうも水が流れずに
壊れてしまったようです。
「どれ」と言う僕に彼女は、
疑いの眼差しを向けました。
その目が、僕に火を点けます!

何をしたのか覚えてはいません。
鼻っから機械音痴の僕であります。
勘だけを頼りに生きてきました。
家にある工具を使い
ばらして必死で
そのミッションにあたりました。
人間やろうと思えば、
大抵のことはやれるものです。
そして僕は、
通常使えるようになるまでに
TOTOを復活させたのでした。
僕はやり切ったのです!
三時間をこえるトイレとの戦いで
僕は、達成感に満たされていました。
褒められると期待した
彼女の一言は、
「初めて尊敬した」…。

もう一度 言わせて下さい。
一世を風靡したドラマ
北の国からの登場人物
純の台詞を借りるなら
「僕は傷ついていた…」
でありました。

除夜の鐘が点けっ放しのTVから
聴こえてきました。
彼女の大晦日料理は、
とても美味しいく久しぶりに
あの百草高台屋根裏の夜を
思い出させてくれました。
勝手に作りあげた
『虚勢という鎧』
僕はそれを
その年越しとともに
脱ぎ捨てるのでした…続く。

除夜の鐘に感謝して
また、明日。

汚れなき愛を信じて 総集編 playback…14

汚れなき愛を信じて 総集編
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☘️三章/38話「船堀橋大渋滞」前編

聞こえてますか?
昨日の続き…。
だけれど、
その日のパーティーは、
最後まで楽しい酒の席では、
ありませんでした。

江東区と江戸川区を結ぶ船堀橋。
朝のラッシュ時のその橋は、
千葉方面から流れてくる車で
ごった返しています。
都心に向かう運送業のトラック。
通勤に使われるマイカー。
信号待ちで苛立つダンプカーと
様々な車種が列をなしていました。
朝の車両事情は、
いつだって殺気だっています。
それこそ、逃げ道のない
橋の上での渋滞は最悪であります。
新大橋道路と呼ばれるその道は、
千葉県と東京都を結ぶ大動脈の
ひとつでもありました。

そんな船堀橋の上で
ガス欠を起こした愚かな
一台の車がありました。
ドイツ車とは名ばかりの
草臥れたポンコツワーゲン…。
先を急ぐドライバーたちの
足を止めた犯人は、
紛れもなく僕でした…続く。

船堀橋に感謝して
また、明日。

☘️三章/39話「船堀橋大渋滞」中編

聞こえてますか?
その頃の僕はと云うと
完全に自分を見失い
彼女との接し方にも変化が
起こりはじめていました。
足が地面に着いていない
感覚に囚われ
歩く時の腕の振り具合さえ
とても不自然で
ぎこちないものでした。
まるで、重たい鎧を
身に付けているかのように…。

即ち僕は『虚勢』という手段で
哀しい予感の対応にあたって
しまっていたのです。
のっけから、
ありもしない抱擁力を
宛かも備えているかの如く
その爪先を思いっきり立てて
彼女と接していました。
そんな、背伸びをした関係など
いつか滅んでしまうものを…。
でもそれは、
『彼女から頼られたい』
総ては、その一点から
来るものでした。
そんな僕の様子を見て
彼女は困っているようでした。

その日の船堀橋は、
晴天に恵まれ
爽やかな一日のはじまりを
演出してくれる筈でした。
日の当たる時間帯での
仕事を経験したいとして
彼女は、江東区の西大島にある
オフィスビルで
働くことを決めました。
花のOLデビューであります。
今日は、彼女の初出勤。
朝のラッシュ時の船堀橋を
知っているだけに
彼女は、電車で行くと言いました。
それを制し「車で送る」と
言い張ったのは僕の方でした。
誰も求めてはいない
野球場で見られる
電光掲示板を持ち込んでは
勝手に決めたルールに乗っ取って
点数稼ぎにしゃかりきであります。
何と愚かなのでしょう…。

草臥れた中古車が、ガス欠で
今 力尽きようとしているのに…。
その橋の上で
止まるなどとつゆとも知れず…。
僕の頭の中は、彼女のことで
いっぱいだったようです。
海風が吹き抜ける筈の船堀橋。
その日の風は、なぜか
穏やかなものでした…続く。

☘️三章/40話「船堀橋大渋滞」後編

聞こえてますか?
「嘘でしょ!」
彼女が言いました。
当然です。
逆の立場なら僕も
そう言ったに違いありません。
草臥れた中古車が
力尽きた瞬間でした。

映画やテレビドラマで目にする
ガス欠で車が止まる映像…。
情けない程に
ゆっくりと停止して行きました。
キョトンであります。
切れ長の眼光鋭い筈の
彼女の瞳もまん丸く
その顔に驚きの色を隠せません。
ブラウン菅の世界では、
他人事として
捉える事が出来る現象も
いざ、自身の事になると
笑えないものです。
流石の彼女も呆れ果てています。
台無しです。
空回りもいいとこです。
「言わんこっちゃない」と
言いたげにニュートラルにした
車を彼女は押しました。

徐行で追い越して行く
車は様々で
クラックションを鳴らす者。
眉間に皺を寄せる者。
嘲笑うかのように見下す者。
もう、目も当てられません…。
これが、 ガソリン満タン!と
言えない男への
報いなのでありましょうか…。

もうすぐ行けば下り坂。
何とか惰性で力尽きた中古車を
車線のいくらか多い交差点まで
運ぶ事が出来ます。
そうすれば車を路肩に止め
この傍迷惑な船堀橋の渋滞を緩和
させる事が出来るかも知れません。

下り坂に近づいた車に
彼女は飛び乗りました。
もはや鉄の塊と化した
力尽きた中古車が緩やかに
下りてゆきます…。
だけれど、
交差点のかなり手前の地点で
止まってしまいました。
彼女は、再び車を下りて
鉄の塊を押さなくてはなりません。
滑稽でした。
苦悶の表情を浮かべる彼女を
ルームミラーで見つけました。
何と情けない男なのでしょう…。
それは、罪と呼ぶべき所業でした。

結局
路肩に退避した車を見届けて
彼女は、都営新宿線の地下鉄に乗り
勤務先に向かうのでした。
時計の針は、
もう既に遅刻を示していました。
初出勤が台無しです。
目的地である西大島まで
僅か3.5キロメートルの
距離でありました…続く。

草臥れた中古車に感謝して
また、明日。

汚れなき愛を信じて 総集編 playback…13

☘️三章/35話「男女7人三人娘」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
遠い昔…。
小学四年生の僕は、
ソフトボールのある試合で
大抜擢されそうになりました。
監督が見ているのが分かります。
球技が好きで試合に出たくて
入った部活動の筈なのに…。
あろう事か僕は、
その監督の目を逸らし
俯いてしまいました。
あの時監督は、
体育座りをするその膝の間に
こうべを垂らした子供を
どんな思いで見ていたのでしょう…。
逃げ出すと云う僕の一手は、
まるで暗示にかかったように
僕の心を停止させるのでした。

それからの僕は、まるで坂道を
転げ落ちるようなものでした。
自ら作りあげた『殻』は、
彼女を悩ませる事になります。
こんなことがありました…。

*ブログ『男女7人高円寺』でも
触れた登場人物。
ひょんなことから
その男女7人の三人娘が、
「船堀の彼女に会いたい」と
言い出しました。
僕の書き物を手伝ってくれた
優しい声のひと。
ムードメーカーのりぃー子
そして、いつもぶつかって
ばかりだった厄介な彼女。
冷やかしもあったのでしょう。
半ば、同郷の連帯感からなのか。
はたまた、
心配もあってからなのか…。
嫌!彼女たちに至っては、
好奇心であったに違いありません。
こう云うことへの探究心は、
半端のないものでしたから…。

後日、彼女にその話をすると
思いのほか乗り気で
船堀のプリンス・マンションで
ホームパーティーを開く
ことになりました。
意外でした。
何度かバンドメンバーとは、
飲んだことはあっても
女友達は初めてのことでした。

その頃の僕は、
船堀のマンションに入り浸りで
殆ど、百草高台の屋根裏には
帰ってはいませんでした。
箱バンと呼ばれたbandmanたち。
その演奏場所が、
錦糸町や亀戸にあったから…。
いいえ違います。
本当の理由は他にありました。
僕は、彼女に依存していたのです。
自覚は確かにありました。
そんな自分が嫌でしたから…。

思い返してみれば、
あの日を境にして
二人のすれ違いを
決定的なものに
したのかも知れません。
ホームパーティーは、
明日に迫っていました…続く。

遠き日に感謝して
また、明日。

☘️三章/36話「ホームパーティー」

聞こえてますか?
船堀でのホームパーティーは、
最初から不穏な空気を
漂わせていました。
僕らは、その準備(焼肉)に追われ
ちょっとした食い違いから
言い争いをしていた事にも
原因があるのかも知れません。

気心知れた同郷の三人娘。
もっと自然に
振る舞うことが出来る筈なのに
どうも上手くいきません。
三人娘と彼女との間を繋ごうと
必死であります。
だけれど、
今ひとつ嚙み合いません。

当時のことを思い返すたびに
思うのです。
嚙み合ってなかったのは、
むしろ僕の方で
何とかしようと必死になり
それがやがて思わぬ方向に陥り
蟻地獄のような砂の中に
自ら嵌ってゆく…。
自分で自分の首を締めていく…。
男女7人高円寺に登場する
空回りの男のようです。
人のことは言えません。
まさに僕は、
それでありました。

そんなドツボに嵌っていく
僕にいち早く気付いたのは
やはり、優しい声のひとでした。
その場を盛り上げようと
合いの手を入れてくれます。
そんなことなど御構い無しと
ダメだしの女王 厄介な彼女が
僕をからかいます。
いつもなら間髪入れずに
言い返す筈の言葉は、
この時ばかりは口から
ついて出てはくれません。
僕は、苦笑いをしながら
俯くほか術がなかったのでした。
何たる失態、何たる体たらく。
最悪です。
男女7人の三人娘
りぃ~子が言いました。
「今日は、元気のなかね〜」
【翻訳】
*今日は、元気がないね〜

元気がないのは、
今に始まったことでは
ありませんでした。
最近ずっと
会えば喧嘩になる僕らは、
互いに疲れていました。
このパーティーも
そんな、喧嘩続きの二人には
いい機会だと思っての
ことでもありました。
それがこのありさまです。

カリッと心の音が聴こえます…。
勝手に作りあげた
『殻』が、その入り口を
開けました…続く。

今があることに感謝して
また、明日。

☘️三章/37話「逃亡」

聞こえてますか?
あり得ない事態です。
僕は何を考えているのでしょう…。
焼肉の食材はたっぷりと
用意されているにも関わらず
僕は、買い出しに行くと
言い出しました。
彼女はそんな僕を制します。
だけど、僕は聞き入れません。
結局 高円寺三人娘を船堀の
プリンス・マンションに
残したまま
僕らは車で買い出しに
行くのでした。

何を買いに行くも
目的がないのです。
高円寺三人娘が
悪い理由(わけ)ではないのです。
彼女のせいでも勿論ないのです。
時より発作のように現れる
感情の起伏は僕の声を奪います。
勝手病なるそれは
またもや
僕の心を停止させました。
招待した側の逃亡。
助手席の彼女は、
もう付き合いきれない
といった面持ちで
船堀橋から見える
川の向こうを無言で眺めています。
橋の上の吹き抜ける風は冷く
冬の到来を教えてくれました。

いくらか気持ちを整えた
僕はマンションに戻ります。
だけれど、
その日のパーティーは、
最後まで楽しい酒の席では
ありませんでした…続く。

三人娘に感謝して
また、明日。