汚れなき愛を信じて 総集編 playback…9

☘️三章/25話「慟哭 」前編

聞こえてますか?
昨日の続き…。
中央道を抜けた辺りから
僕らの激しい口喧嘩が、
始まりました。
永福町の頭上を走る首都高速。
草臥れた中古車は、
時速80キロのスピードで
駆け抜けていました…続く。

午前2時30分。
真夜中の首都高速。
東京には珍しい
透明な夜空が澄み渡り
摩天楼を凌駕するかの如く
零れ落ちそうな銀色の星屑が
新宿の高層ビルを
包み込もうとしていました。
彼女は、自分のしていることが
分かっているのでしょうか。
これから起こる出来事を
想像すらしないのでしょうか。
彼女は、躊躇いもせずに
走行する車のドアを開けました…。

刹那!
蛇行する車体。
屈折する視界。
不規則な回転音。
フロントガラスの景色が一変する。
不自然な動きは
テールランプの腰振り。
けたゝましく鳴るクラックション。
減速!
激しい摩擦音と歯車のタイヤ痕。
時に重力を失う車内。
瞬間!
前のめりに僕らは打っ伏す。
閃光!
後方車のパッシングに
見失う冷静と座標軸。
激突!
迫る来る中央分離帯…続く。

銀色の星屑に感謝して
また、明日。

☘️26話「慟哭」後編

聞こえてますか?
回避!
動物特有の条件反射は、
バンドルを無意識のうちに
左へと誘う。
圧力!
負荷がかかるその自然の摂理が、
彼女を車外へと押し出す。
咄嗟!
扇がパラパラと開くように
放たれたドア。
助手席から伸びた彼女の腕だけが
疾走するコンリートの上で
その身を支えている。
本能!
切り返したバンドルは、
振り子のように彼女を引き戻す。
止まるに止まれない高速道路。
僕は、もう一方の手で
彼女を掴み
そのドアを閉めるように叫ぶ。
彼女は、
その細い腕をVの字に曲げて
力強く握り締めたその右手で
ドアノブを引き寄せる。
後方にいた筈の物体は、
間一髪で分離帯と
ドアの狭間をすり抜けた!

一瞬のようであり
スローモーションのように
もっとゆっくりであったの
かも知れません。
ただ分かっていることは、
僕らが、生きていると云うことと
彼女が、泣いていたと云うこと。
そしてそれは、
僕が最初に見た
彼女の慟哭であったのです…続く。

生きていることに感謝して
また、明日。

☘️27話「悲しみの入り口」

聞こえてますか?
彼女は、故意に
凪いだ海を時化た海に変えたがる
ところがありました。
ゆるやかな波に
自ら波をたてて
嵐を呼んでしまうのです。
それは、決まって
彼女が深くお酒を飲んだ時に
現れるのでした。

穏やかな物事に
どこか、不安を覚えるように…
時には、深い疑念を持つかのように…
または、乾いた喉を潤すかのように…
そして、それを恐れるかのように…。
彼女自信ですら分からない
その謎に怯えながらも
とてつもない嫌悪を
抱いているようでありました。
その心の葛藤の中で
そうしたそれは、
カタチを変えて
顔を出すのかも知れません。

彼女の目に浮かぶ
悲しみのようなものは、
その入り口に
違いないのでした…続く。

生かされていることに感謝して
また、明日。

汚れなき愛を信じて 総集編 playback…8

☘️三章/22話「嵐の前」前編

聞こえてますか?
昨日の続き…。
哀しい予感は、いつも隣合わせ。
もしかしたら、
彼女も僕と同じくらいの
質と量を含んだ不安を
感じてたのかも知れません。
そんな僕らの最初の夏は、
ほんの些細な喧嘩から
はじまってしまうのでした。

午前2時30分。
真夜中の首都高速。
東京には珍しい
透明な夜空が澄み渡り
摩天楼を凌駕するかの如く
零れ落ちそうな銀色の星屑が
新宿の高層ビルを
呑み込もうとしていました。

彼女は、自分のしていることが
分かっているのでしょうか…。
これから起こる出来事を
想像すらしないのでしょうか。
彼女は、躊躇いもせずに
走行する車のドアを開けました…。

午前〇時。
船堀から百草高台に
遊びに来ていた彼女は、
珍しく酔っていました。
先に潰れてしまう僕を気遣い
見守り役に鐡する筈の
彼女の姿は
この日ありませんでした。
以前にも見た
悲しみのようなもを
その目一杯にためて
僕を見ています。
でもそれは、いつもとは違う
種類のものでした。

その瞳に浮かぶものは、
色と濃度を増し
何をするかわからない
危うさを秘めていたのでした…続く。

あの夜空に感謝して
また、明日。

☘️三章/23話「嵐の前」中編

聞こえてますか?
午前1時30分。
百草高台の駐車場から
いつもの坂道を下り
聖蹟桜ヶ丘の大通りから
南西にのびる幹線道路
野猿街道を進みます。
僕らは、無言のまま
ただひたすら
中央道の府中入り口を
目指していました。

何に怒っているのか
僕にはさっぱりわかりません。
でもやっぱり、何かの
地雷みたいなものを踏んだのは
間違いないようです。
黙ってはいるものの
彼女は、その怒りをためて
爆発の時を待っている
かのようでした。

思いあたるとすれば、
百草高台の屋根裏部屋…。
いつもとは違う
酒の酔い方であった彼女との会話。
良かれと思って言ったひとこと。
その時に僕は、
彼女が本来隠し持つ
戦闘というスイッチを
押させたのかも知れません…。

そんな時の彼女は、
とても意地悪になってしまいます。
敢えて僕が聞きたくもない
話をしだすのです。
馬鹿でした…。
その手に乗ってしまったのです。
僕も焼けになって
昔の話を持ち出すのでした。

過去のことなど
関係のないことなのに…。
言わせたのは彼女の方でした…。
「帰る」それ以上彼女は、
何も言いませんでした…続く。

あの頃に感謝して
また、明日。

☘️三章/24話「嵐の前」後編

聞こえてますか?
午前2時00時。
それは、いつもと変わらない
彼女を送る
船堀までのコースでした。
違うのは彼女でした。
荒井由実の♪中央フリーウェイ
でも知られる府中競馬場。
その側を通っても
彼女は俯いたまま無言を
貫いています。

草臥れた中古車は、
無理をしたエンジンの音だけを
この車内に響かせています。
嫌な予感がしました。
哀しいことにそれは、
僕の予想を裏切ってはくれません。

中央道を抜けた辺りから
僕らの激しい口喧嘩が、
始まりました。
永福町の頭上を走る首都高速。
草臥れた中古車は、
時速80キロのスピードで
駆け抜けていました…続く。

想いでに感謝して
また、明日。

汚れなき愛を信じて 総集編 playback…7 二章/19話「男と女」前編

 

聞こえてますか?
昨日の続き…。
哀しい予感は、
いつだって現実となって
やって来る。
いつか彼女を失う…。
僕は、そう
感じはじめていました。

女という生き物は、
どうして昔の話を
したがるのでしょう。
その目で、伺い盗むように…。
まるで、愉しむかのように…。
男の様子を確認したがるのは
何故でしょう。
時には、
値踏みをするように…。
そして、
不安を鎮めるかのように…。

僕にしてみたら、前のことなど
関係のないことなのに。
それは、繰り返えされる踏み絵
のように続きます。
黙って聞いているのが一番です。
地雷は、何処に転がっているか
分かりません。
だから僕は、
決してその手には乗らないのです。
それよりも
これからのことが大事でした。

彼女の周りには、
世にいうジェントルマン
富と名声を持った男たちが
取り巻いていました。
様々なカタチで
落としにかかって来る
いわば敵であります。
心配でない訳がありません。
それを聞かされる僕は、
たまったものでは
なかったのです。
そのボディーブローのように
繰り返えされる
彼女の男たちの話は、
後に堪えるものでした…続く。

今日に感謝して
また、明日。

🌱二章/20話「男と女」中編

聞こえてますか?
何より彼女の理想の男性は、
ガッチリとした男らしい人…
大のプロレスファンで
あるのでした。
「三沢チョプ」などと言いながら
ふざけて来ます。❓であります。
「アハハ」と笑う他ありません。
知らないのです。プロレスを
観て来なかったのです。
彼女が言いました。
「三沢光晴が私のタイプ!」
ダウンです。
相手はタイガーマスクです。
伊達直人であります。
敵う相手ではありません。
僕とはあまりにも真逆。
よくもまあ いけしゃあしゃあと
そんな事が言えたものであります。

哀しい予感は、いつも隣合わせ。
余裕を持たない心は、
焦りを生んでしまいます。
それは彼女にと言うよりも
自分に問いかけた時に
来るものに似ていました。
「お前は何者?」
僕は、いつもその厚い壁の前で
それを突きつけられ膝を屈します。
だけどね!…。
その先が言えない自分に
苛立ちを覚えるのでした…続く。

その壁に感謝して
また、明日。

🌱二章/21話「男と女」後編

聞こえてますか?
男という生きものは、
どうして物事を
難しく考えたがるのでしょう。
段取りを愉しむように…。
集中力を試すかのように…。
女に頼られたいと望むのは
何故なのでしょう。
強くありたいと願うように…。
母親の愛を求めるかのように…。

彼女にしたら
大事なことはもっと別の場所
にあるようでした。
それは会話の端々に…
ふとした仕草の中に…
その眼差しに…
隠されているのかも知れません。

女は、必ずシグナルを送り
証拠としてそれを
何処か別の場所に残すようです。
男は、いつもそれを見逃し
後になって
まるで刑事のように
原因究明にあたるようです。

哀しい予感は、いつも隣合わせ。
もしかしたら、
彼女も僕と同じくらいの
質と量を含んだ不安を
感じていたのかも知れません。
そんな僕らの最初の夏は、
ほんの些細な喧嘩から
はじまってしまうのでした…続く。

あの頃に感謝して
また、明日。

 

汚れなき愛を信じて 総集編 playback…6 二章/16話「哀しい予感」前編

聞こえてますか?
昨日の続き…。
気分を良くした彼女が
それから向った先は、
その銭湯の向かいにある
『なかよし』と書かれた看板の
昔ながらのもんじゃ屋さん。
彼女は生粋の江戸っ子で
ありました。

風呂上がりには、
瓶ビールと摘み。
海鮮バーターと
ねぎバーターが
彼女のお好みでした。
そして、締めにもんじゃ。
これが僕らの定番でありました。

生まれて初めて
もんじゃを食べたのが
ここでした。
見た目のその
独特的な装いに反して
小さなステンレス製のへらを
使って食べるそれは、
とても美味しいものでした。
彼女は先ず円を描くように
その食材で土手を作り
仕上げにベビースターラーメン
(乾燥お菓子)を潰し
パラパラとふりかけました。
コレがまた、
この江戸っ子フードの味を
より良く際立たせ
芯を少しだけ残したそれは、
もんじゃを完璧なものにしました。

風呂上がりのほろ酔いは、
二人の距離をぐっと
近くするようです。
だけれど僕は、
何処かで不安を
感じてもいました。
考えてみれば、
僕は彼女に教えられて
ばかりでいたのです。
それはとても嬉しいこと
なのだけれど…。

赤いのれんをくぐって
店を出た僕らは、
家路をたどります。
彼女が夜風を愉しむように
歩き出しました。
僕は先を行く彼女を
追いかけているのでした…続く。

思い出の味に感謝して
また、明日。

🌱二章/17話「哀しい予感」中編

聞こえてますか?
彼女が、お金を支払う時に
小銭を探す仕草を見た
記憶がありません。
大抵が札でありました。
とはいえ、大雑把な性格
でもないのです。

月末ともなれば、
勤務先のCLUBから
支払われる対価
彼女はそれを『お給料』と
呼んでいました。
たわいもないことだけれど
『お』を使うだけでも
印象はだいぶん違うものです。
彼女は、そのお金という価値
即ち怖さを知っているかの
ようでした。

女手一つで育ててくれた
お母さんを見ていたから
なのかも知れません。
自分が投資に値すると
決めたものには、惜しみなく
その価値を投じました。
それは、
彼女の心に触れるもの
に限っていました。
だから、彼女がその価値を
大切にしていることが
僕には分かるのです。
その言葉の端々に出てくる
彼女の謙虚さが物語っていました。
そんな、彼女の姿勢の良さが
僕は好きでした。
でも…。

富を持つ者と持たない者。
夢しか持ち合わせていない
男は悩みます。
価値は、お金では測れないと
分かっていながらも
現実は厄介でありました。
時は、考える隙を
与えてはくれません。
時は、僕を待っては
くれませんでした…続く。

その価値に感謝して
また、明日。

🌱二章/18話「哀しい予感」後編

聞こえてますか?
錦糸町のCLUB歌手を
生業にしていた当時の
僕のギャランティーは、
手取りで15万円足らず…。
草臥れた中古車に
腹一杯油(ガソリン)を
呑ませる事の出来ない
所以でもありました。

いつの間にか
大きいものは彼女
小さいものを僕
といった勘定の図式が
出来上がりつつありました。
どうしても引け目を感じて
しまいます。
甲斐性はなくとも
肥後ノ国で生まれた
九州男児であります。
いくら歌で繋がっている
からとは云え
言ってもこう毎回では
男が廃るのです。

だけれど、
店を出る時に差し出される
勘定と自身の財布の中身を見て
沈黙せざるを得ない
己を知るのでした。

このままではいけない…。
僕は、漠然とした
不安を抱えていました。
哀しい予感は、
いつだって現実となって
やって来る。
いつか彼女を失う…。
僕は、そう
感じはじめていました…続く。

あの時代に感謝して
また、明日。

汚れなき愛を信じて 総集編 playback…5 二章/13話「お天気お姉さん」

 

聞こえてますか?
昨日の続き…。
だけれど、彼女は一度だけ
その話に触れたことがあります。
咳を切ったように
話しだしたそれは、
今よりずっと先のことでした…。

アニメーションでないと
中々捉えることの出来ない
彼女の出で立ち。
当時名を馳せた
『お天気お姉さん』
に似ており
一般女性の頭ひとつ分抜けた
長身と眼光鋭い切れ長のその瞳は、
漫画に登場する主人公
そのものでした。

お天気お姉さんとは、
週刊ヤングマガジンに掲載された
安達哲による漫画作品で
美貌と教養を兼ね揃え
激しい性格をも合わせ持った
女性アナウンサー仲代桂子の姿を
描いたアニメーションでした。

でも、そんな外見とは裏腹に
実写化した彼女は、
あまり前に出ようとする
タイプの人ではありませんでした。
人との接し方一つにしても
控え目な印象を与えるもので
その発する言葉でさえ
女性特有の主張する
レンジの高いものではなく
耳触りに優しい独特な響きを持つ
声の持ち主でありました。

だけれど、
僕はこのあと目には見えない
彼女の強靭な個性と
嵐のような激しさを
身を持って
体感することになります。
それを知るのには、
もう少し時を待たなければ
なりません。
そんなことなど
知る由もない僕は、
まだ夢の中にいるのでした…続く。

その声に感謝して
また、明日。

🌱二章/14話「江戸っ子」

聞こえてますか?
彼女は、その外見に反し
古風なところがありまして
江戸っ子の気質か
はたまた環境によるものなのか…。
洋風に例えますと
アンティークなものが
お好みでありました。

例えば、
プリンス・マンションの下に
リアカーを引いてやってくる
赤提灯のおでん屋さん。
彼女の注文も
酒の飲み方も江戸でいう処の
『粋』でありました。
肥後弁で例えると
「武者んよか~」であります。
僕は雰囲気に呑まれて
飲めやしない日本酒などを
オーダーします。
その日の記憶はありません。
残念です。

成人男性のオトナへの
第一歩は『己の酒料を知る事』
とあります。
僕はまだまだのようです。
彼女は僕といる時に酔った
ことなどありませんでした。
きっと酔えなかったのかも
知れません…。
本当に、残念です。

二つほどでしか違わない
年上の彼女は、
僕の遥か上を行く
オトナでありました…続く。

江戸の名残りに感謝して
また、明日。

🌱二章/15話「銭湯」

聞こえてますか?
近くにある銭湯にも
よく足を運びました。
1992年当時では珍しく
露天風呂のある銭湯でして
髪の毛の長い
彼女のドライアー事情を
塩梅に入れて
風呂をいただきます。
だけれど、
その露天の居心地の良さに
ついつい長居になってしまいます。
番台の後ろにある勘定場で
よく彼女を待たせました。
♪神田川で知られる
かぐや姫の歌詞に出てくる
それと似ていました。

お詫びに僕は、彼女に
珈琲牛乳を手渡します。
銭湯を知らないで育った僕は、
それと珈琲牛乳がセットで
あることを知りませんでした。
二人して腰に手をやり
一気に飲み干します。
完成です。

気分を良くした彼女が
それから向った先は、
その銭湯の向かいにある
『なかよし』と書かれた看板の
昔ながらのもんじゃ屋さん。
彼女は生粋の江戸っ子
でありました…続く。

銭湯の思いでに感謝して
また、明日。

汚れなき愛を信じて 総集編 playback…4

🌱二章/10話「大人の女性」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
一世を風靡したドラマ
北の国からの登場人物
純の台詞を借りるなら
「僕は、ドキドキしていた…」
でありました。

田舎者のコンプレッスから
来るモノなのか
カルチャーショックとは
よく言ったものでありまして
僕は完全に彼女に
遅れをとるのでした。
東京育ちの彼女には、
普通のこと
だったのかも知れません。
だけれど、
上京して日の浅い僕にとって
敷居が余りにも高く
場違いであり
引け目を感じるのも
無理のないことでした。

彼女は、そんな僕を見て
気遣うように言いました。
「そんな事は気にしないで
一緒にいる理由は
他にあるのだから…」
彼女が大人の女性に
思えた瞬間でした…続く。

その言葉に感謝して
また、明日。

🌱二章/11話「歌の糸」

聞こえてますか?
彼女は、
ひとりでいる時などに
僕のLIVEビデオを
好んで鑑賞しているようでした。
プリンス・マンションに
遊びに行くと当時VHSと
呼ばれたビデオテープが、
マグネット付きテレビ台の
箱の中でその置き場を変えながら
所狭しと占拠していました。

出会ったばかりの頃は、
米米クラブのそれらが
あった筈なのに
今は後ろに
追いやられているようです。
彼女に限って言えば
カールスモーキー石井に
今のところ
勝っているようであります。
言わずもがな
それは、とても嬉しいことでした。

甲斐性もなく
根拠のない自信しか
持ち合わせていない男と
その声が好きだという女を
繋ぐものがあるとするならば
それは『歌の糸』に
違いないのでした…続く。

繋ぐものに感謝して
また、明日。

🌱二章/12話「過去」

聞こえてますか?
ひとり暮らしをする前の彼女は、
母親と年子の妹
三人での生活を送っていました。
東京は江東区にある
大島の街で育った話を
僕によく聞かせてくれました。
家族のこと、友達のこと、
時には聞きたくもない情報まで…。
恋をすると女の子は、
いつだってお喋りになるようです。
その点に限って言えば
彼女も年頃の女性たちと
そう変わりはないのでしょう…。

僕は、彼女がする家族の話が
好きでした。
女手ひとつで育ててくれた
お母さんを
彼女はとても大事にしていたし
同じく一つ違いの妹を可愛がり
大の仲良しでありました。
でも、父親の話は
したがりませんでした。
僕もそれにさわることを
しなかったし
聞くつもりもありませんでした。

だけれど、彼女は一度だけ
それに触れたことがあります。
咳を切ったように
話しだしたそれは、
今よりずっと先のことでした…続く。

彼女の家族に感謝して
また、明日。

汚れなき愛を信じて 総集編 playback…3

🌿一章/6話「屋根裏部屋」後編

聞こえてますか?
『汚れなき愛を信じて』は、
音や文字で確かめるまでもなく
既に出来上がっていたのかも
知れません。

彼女の話は、まだ続いています。
幸せな時間でした。
その声を聴きながら…
その体温を感じながら…
ごくごく自然に、淡々と…
時は、流れて行くのでした…続く。

夜明けの屋根裏部屋で
はじめて君を抱いた時間
煙草の煙とひかり 時を忘れた

何もしなくていい
側にいてくれるだけ
無邪気に微笑う君を
離さない 悲しませない

あなたのために何が出来る
君は何度も聞くけど
かけがえのない君がいればいいよ
汚れなき愛を信じて
〜歌詞 2chorusより

そのぬくもりに感謝して
また、明日。

🌱二章/7話「船堀橋」

聞こえてますか?
彼女のマンションは、
東京江戸川の船堀と
いう街にありました。
江東区と江戸川区を渡す橋
それが船堀橋であります。
0メートル地帯として知られる
その両側の河川敷周辺は、
満潮面になると3.5メートル
低い場所にあり
川の氾濫を防ぐために
スーパー堤防なるものが
建てられています。
互いの複雑な地形から
人工的に造られた坂の上に
その橋は架けられていました。

僕が住む百草高台
その聖蹟桜ヶ丘との往来には
欠かせない橋であったのです。
何よりそこから見える景色と
吹き抜ける風が好きでした。

坂道をのぼり出す頃に
彼女は、手回しでドイツ車とは
名ばかりの車の窓を開けました。
東京湾に近いそこは、
海風がよく通り
潮の香りと夏の到来を
教えてくれたりもします。
僕も同じように
その草臥れた車の窓を開けました。
そこから見えるものは、
空を切り取るビルの影ではなく
どこまでも透き通った空と
海へと伸びる川の流れだけを
映し出していました。
島育ちの僕には、何処か
懐かしさを感じさせるものが
あったのかも知れません。

彼女は、
その風に手を翳しています。
それはとても眩しくて
美しい光景であるのでした…続く。

船堀橋の風に感謝して
また、明日。

🌱二章/8話「船堀タワー」

聞こえてますか?
夜にもなると
この街のシンボルといえる
船堀タワーが顔を変え
赤い光を浮かばせていました。
飛行機が迷わないようにと
点けらたそれは、東京に来て
間もない僕にとっても
道しるべとなっていました。

船堀橋を渡り
その目印を頼りに僕は
ハンドルを回します。
この街で一番高い建築物の麓に
彼女のマンションはありました。
最初にお邪魔した時の驚きは、
今でも記憶に残っています。

渡辺篤史の建もの探訪!
其れは其れは
素晴らしい建築物でありました。
彼女のマンションを見て
僕は面食らって
しまうのでした…続く。

船堀タワーの灯りに感謝して
また、明日。

🌱二章/9話
「プリンス・マンション」

聞こえてますか?
セレブとは、いつの頃からの
言葉なのでしょう。
少なくとも10階以上ある
その構造物は、
その頃トレンディードラマが
流行していた時代で
その主人公が住むものに
よく似ていました。
何より一階に
コンビニエンス・ストアー
LAWSONがあるのです!
何と便利なのでしょう…。
見上げる彼女の部屋の窓は、
円形にカーブしており
しかも出窓であるのです。
そのアーチ型を考案した
設計者は大したものであります。
苦心して創り上げた
のであろうそれは
その建築物の顔でありました。

タイルをあしらった
ビルの壁は、
♪パープルレインで知られる
USAシンガー・プリンスの
衣装のような紫色でありまして
船堀通りに面したそれは
車のヘッドライトライトに
反射して眩しく光っていました。
贅沢に何千枚も敷き詰められた
お風呂場で見られるそれは
周りを見比べても
目を引くものでありました。

一言でいえば限りなく
垢抜けているのです。
未だ嘗て、そんな家に住む人と
お知り合いになったことなど
ありませでした。
僕が住む百草高台の
屋根裏のあるアパートとは
天と地ほどの違いです。

一世を風靡したドラマ
北の国からの登場人物
純の台詞を借りるなら
「僕は、ドキドキしていた…」
でありました…続く。

初体験に感謝して
また、明日。

汚れなき愛を信じて 総集編 playback…2

🌿一章/4話「クリームシチュー」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
連絡先を交換してから
お互いの家を行き来する
ようになるまでに、そう
時間はいりませんでした。

聖蹟桜ヶ丘駅近くのスーパーで
買い出ししたものを
彼女は、その屋根裏のある
狭いアパートの台所で
捌いています。
僕は、ベランダの窓をあけました。
クリームシチューの匂いが
外にまで香って来ています。
僕は、先ほど通って来た
畑を眺めながら
缶ビールのプルリングに
指をかけました。
彼女も一杯やっているようです。

この百草高台にも
既に夜の帳が下りはじめ
都市部より気温が
一度二度低いこの街の風は、
少し冷んやりとしていました。

彼女が作る料理は、
とても美味しく
リクエストに応えてくれた
ほうれん草入り
クリームシチューは、
絶品でありました。
彼女の料理を食べながら
僕らは、はじまったばかりの
二人の会話を愉しみます…。

最初の待ち合わせ場所は、
錦糸町駅前にある
丸井のデパート前でした。
夜も深い時間だけあって
車の往来も疎らな京葉通りは、
容易に駐停車出来る空き具合でした。
だけれど、彼女はもう既に
来ているようです。
スラリと伸びたその長身は、
夜にだって目立ってしまいます。

それから僕らは、
おそらく東京で一番
綺麗な夜景が見える場所へと
車を走らせるのでした…続く。

そこから見えるものに感謝して
また、明日。

🌿一章/5話「屋根裏部屋」前編

聞こえてますか?
彼女が聞きました。
「私に出来ることは?」
屋根裏部屋は、煙草の煙で
少し霞んでいました。
空中に浮かぶその煙の輪を
僕は目だけで追っています。
シーツに包まった彼女は、
その答えを
待っているようでした。
僕は起き上がり
その部屋に一つだけ設けられた
小さな円窓を開けます。
そして僕は被りを振りました。

窓から零れた光が、
この部屋の埃を際立たせ
その柔らかい風は、
楕円状の煙を揺らしています。
「側にいるだけでいい」と
僕は横になりながら
想いを声にしてみました。
今度は、彼女が起きあがり
煙草の火を消す番になりました。
その答えに満足出来ない彼女は、
また僕の腕に素早く滑り込み
話を繋ぎます。

僕は、歌でも
聴いている気持ちで
その声に耳を傾けました。
それは、とても心地よく響き
僕の心にゆっくりと
降りて来るのでした。
夜明けが、
この屋根裏部屋にも
初夏の風を運んでくれています。
そして僕はまた、何本目かの
煙草に火を点けるのでした…続く。

その光に感謝して
また、明日。

汚れなき愛を信じて 総集編 playback…1

🌿一章/1話「百草高台」

聞こえてますか?
京王 聖蹟桜ヶ丘。
ジブリ作品
『耳をすませば』の
舞台にもなったその百草高台。
美しい曲線が伸びた
丘の上までの坂道は、
道幅も広く整備されていました。
だけれど、
傾斜の強い登り坂だけに
走行距離10万キロを
こえる中古車には、
決してやさしいものでは
ありませんでした。
だから僕は、
大きく『のノ字』を描くような
その道をたどるのに
ハンドルを右に左にと
忙しく回さなくてはなりません。

助手席に座る彼女は、
壊れた空調設備の代わりに
手回しで車の窓を開けました。
夏の香りを招き入れるように
彼女の長い黒髪は、
その風に吹かれていました。

微かに捉えることの出来る
遠くの新宿高層ビル群。
聖蹟桜ヶ丘の街並みが
一望出来る場所。
厚木 愛川の街から
そこへ移って来たのは、
1992年の
初夏のことでした…続く。

この街に感謝して
また、明日。

🌿一章/2話「夏の香り」

聞こえてますか?
丘に上がった僕らは、
洋風な家が建ち並ぶ
ロータリーをぐるりと回り
その草臥れた中古車を
ロープで区分けされた
アパートの近くの
駐車場に止めました。
エンジンを切っても
なお唸り声を上げる
ワーゲンのボンネットに
駅前のスーパーで
仕入れた食材をいったん置き
それらを抱えて
僕らは歩き出しました。

赤土でならされただけの
駐車場からアパートまでに
小さな畑が並んでいて
名も知れない花たちが
夏の訪れを
待ちわびるかのように
その風に揺れていました。
陽射しがまだ柔らかい季節。
彼女の長い黒髪が
太陽に反射して
キラキラとしていました。

長身の彼女は、
踵のある靴を履けば
明らかに僕の背丈を上回り
気遣いからか
今日もペッタンコの
靴を履いています。
二階建ての木造建築。
当時では珍しい屋根裏のある
アパートの鍵を
僕らは、開けました…続く。

新しい季節に感謝して
また、明日。

🌿一章/3話「出会い」

聞こえてますか?
彼女との出会いは、
錦糸町にあるCLUBでした。
その頃の僕は、
その店の専属の
ボーカリストとして
働いていました。
彼女のテーブルに呼ばれたのが
最初のきっかけでした。

お客様の席に付くことは、
そう珍しいことではありません。
呼ばれれば一緒にお酒を飲み
話の相手をする…
それも仕事のうちでありました。
たとえ、気が乗らなくとも
バンドのフロントマン
である以上声がかかれば
行かなくてはなりません。
たまには 差し入れや
チップなどを頂戴し
バンドメンバーと
分け合ったりと
歌手として駆け出しの僕は、
宣伝と営業を兼ねた
使命を担ってもいました。

だけれど、
彼女の時ばかりは別でした。
他の誰とも違っていたのです。
根拠など何もないけれど、
その先ににあるようなものを
彼女の中に見つけた
気がしたのでした。
それと同時に、
彼女の目は何処か悲しみを
帯びているようにも感じました。
それは、
とても魅力的でありながら
危うさを纏っているものでした。
決して開けてはならない扉…。
僕は、どうしてもそれが
何であるのかを
知りたくなったのです。
もう既に、その時から
彼女に惹かれていた
のかも知れません。

連絡先を交換してから
お互いの家を行き来する
ようになるまでに、そう
時間はいりませんでした…続く。

出会いに感謝して
また、明日。

聞こえてますか? 畦道とハイヒール 総集編 last 「金髪丸坊主」episode13

 

聞こえてますか?
昨日の続き…。
順応する天才。
その食に対する
飽くなき探究心だけは、
なんちゃって
漁師の女房の名に恥じぬ
ものでありました。

そんなあなたにもこの戸馳島で
お友達が出来ました。
家族ぐるみの付き合いでよく宴を開き
家庭用カラオケを愉しんでいました。
十八番は、銀座の恋の物語。
石原裕次郎と牧村旬子の
二人で歌うそれは、
映画にもなり現在でも
カラオケの定番の
デュエット曲として
愛唱されています。

あなたたちは、見つめ合い
ハモりながら喉を鳴らしています。
見ているこっちが
恥ずかしくなってしまいます。
けっして上手ではなかったけれど
その歌声は、
飲み会を盛り上げるに
充分なものでした。
何より島の人たちは、
歌が大好きでした。
でも僕は知っています。
「上手なカラオケQ&A」
なる本を読んでいたことを。
あなたなりに
頑張っていたのですね。

最初 戸惑っていた島での暮らし。
日に日に馴染んでゆくあなたを
見るのが好きでした。
誰よりも僕が嬉しく思っていた事を
あなたは知っていましたか?
メイクも薄く ファッションも
派手でなくなりました。
その代わり髪型だけは、
攻めていましたね!
「金髪丸坊主」
やっぱり、風にはなびきません。
今でこそ珍しくない
そのヘアースタイル。
だけれど、あの当時
そんな髪型にする女性を
僕は知りません。
まるで、生まれたての
お猿さんのように見えたものです。
流石の父も首を傾げるばかり…。
あなたは、どこまでいっても
あなたでした。

2017年夏。
嫌だったはずの赤いハイヒール。
風になびくことのない
金色の髪の毛。
なんだか愛おしく
素敵に思えてしまいます。

【回想】
天草の玄関口
三角港から渡し舟でゆく島。
みかん畑が連なる山々と
北に広がる有明海。
南には、不知火海を臨む
その島のことを人々は
戸馳島と呼んでいます。
そこに住む人たちは、
長閑な自然と寄り添い
暮らしていました。
そんな島の景観に逆向するかの如く
船着場までの畦道を颯爽と闊歩する
ひとりの女性がいました…。

東京の遥か向こう側。
あなたが眠る九州の地を想い
今日もまた、
西の空を見上げています…幕。

真っ赤なハイヒールを履いた
あなたに感謝して
また、明日。