汚れなき愛を信じて 40話 「船堀橋大渋滞」後編

聞こえてますか?
昨日の続き…。
海風が吹き抜ける筈の船堀橋。
その日の風は、なぜか
穏やかなものでした。

「嘘でしょ!」
彼女が言いました。
当然です。
逆の立場なら僕もそう言ったに
違いありません。
草臥れた中古車が
力尽きた瞬間でした。

映画やテレビドラマで目にする
ガス欠で車が止まる映像…。
情けない程に
ゆっくりと停止して行きました。
キョトンであります。
切れ長の眼光鋭い筈の
彼女の瞳もまん丸く
その顔に驚きの色を隠せません。
ブラウン菅の世界では、
他人事として
捉える事が出来る現象も
いざ自身の事になると
笑えないものです。
流石の彼女も呆れ果てています。
台無しです。
空回りもいいところです。
「言わんこっちゃない」と
言いたげにニュートラルにした
車を彼女は押しました。

徐行で追い越して行く車は様々で
クラックションを鳴らす者。
眉間に皺を寄せる者。
嘲笑うかのように見下す者。
もう目も当てられません…。
これが、 ガソリン満タン!と
言えない男への
報いなのでありましょうか…。

もうすぐ行けば下り坂。
何とか惰性で力尽きた中古車を
車線のいくらか多い交差点まで
運ぶ事が出来ます。
そうすれば車を路肩に止め
この傍迷惑な船堀橋の渋滞を
緩和させる事が
出来るかも知れません。

下り坂に近づいた車に
彼女は飛び乗りました。
もはや鉄の塊と化した
力尽きた中古車が緩やかに
下りてゆきます…だけれど、
交差点のかなり手前の地点で
止まってしまいました。
彼女は、再び車を下りて
鉄の塊を
押さなくてはなりません。
滑稽でした。
苦悶の表情を浮かべる彼女を
ルームミラーで見つけました。
何と情けない男なのでしょう…。
それは、
罪と呼ぶべき所業でした。

結局、
路肩に退避した車を見届けて
彼女は都営新宿線の地下鉄に乗り
勤務先に向かうのでした。
時計の針は、
もう既に遅刻を示していました。
初出勤が台無しです。
目的地である西大島まで
僅か3.5キロメートルの
距離でありました…続く。

草臥れた中古車に感謝して
また、明日。

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