汚れなき愛を信じて 55話 「それから」後編

聞こえてますか?
昨日の続き…。
それからの僕たちは、
四度目の夏を共に過ごすことは
なかったのです。
1995年 夏の終わり。
その年号とその季節が
僕らのピリオドを
教えてくれたのかも…
知れません。

彼女が拵えた店内の雰囲気を
愉しみながら僕は、
お酒を美味しくいただきます。
錦糸町に根を張り
女手一つでのし上がって来た
彼女の剛と生きざまを
感じずにはいられません。
遊びに来ていた
彼女のお母さんも元気でした。
一つ違いの妹は、
姉を助けるように
お店の切り盛りで一生懸命です。
それはとても美しい光景でした。
母と姉妹…家族。
そして僕は、想いだすのです。
船堀橋の上で草臥れた
中古車の窓を開け
その風に手を翳していた彼女を…。

【回想1】
坂道をのぼり出す頃に
彼女は手回しでドイツ車とは
名ばかりの車の窓を開けました。
東京湾に近いそこは、
海風がよく通り
潮の香りと夏の到来を
教えてくれたりもします。
彼女は、
その風に手を翳しています。
それはとても眩しくて
美しい光景であるのでした。
7話「船堀橋」より

【回想2】
京王 聖蹟桜ヶ丘。
ジブリ作品
「耳をすませば」の
舞台にもなったその百草高台。
美しい曲線が伸びた
丘の上までの坂道は、
道幅も広く整備されていました。
助手席に座る彼女は、
壊れた空調設備の代わりに
手回しで車の窓を開けました。
夏の香りを招き入れるように
彼女の長い黒髪は、
その風に吹かれていました。
1話「百草高台」より

さっきまでの僕と彼女は、
こうして乾杯する迄に
別々の道を歩んできました。
互いに色々あったのは、
目を見ればわかるものです。
「体は大丈夫?」
すっかりそんな会話が成立する
年齢になりました。
相変わらず彼女の声は、
どこか自信なさけで儚くも
僕の耳には心地よく響きます。
前に出ようとはしない
タイプの彼女。
それは年齢と様々な試練を重ねて
その謙虚さと姿勢のよさを
さらに増しているようでした。

【回想3】
僕は歌でも聴いている気持ちで
その声に耳を傾けました。
それはとても心地よく響き
僕の心にゆっくりと
降りて来るのでした。
夜明けが、
この屋根裏部屋にも
初夏の風を運んでくれています。
そして僕はまた、何本目かの
煙草に火を点けるのでした…。
5話「屋根裏部屋 前編」より

それから、
僕は二杯目のグラスを空け
僕と彼女とその家族は
改めてシャンパングラスで
乾杯をするのでした。
2017年12月11日。
今日は彼女の誕生日。
あの百草高台
屋根裏の夜から二七年が
経っていました…最終話へ続く。

君の家族に感謝して
また、明日。

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