for you…summer 24話「そして、あの人…」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
そして、今日も僕は草臥れた
中古車を走らせるのです。
海岸通りから、お台場の
レインボーブリッジを渡り一路
Mのいる街を目指して…。

夏の陽気であっても
23時を回る夜の散歩は、
涼しくて気持ちの
良いものでありました。
今宵は、道草に
世田谷公園を歩きます。
水飲み場の前に設けられた
木製のガーデニングチェアー。
バイト疲れを癒すように
腰を下ろしたMに
僕は小さな喜びを感じました。

夏の月は蒼く、この公園を
優しく照らしています。
彼女が退屈しないように
僕は話を繋ぐのです。
彼女がそのベンチから
立ってしまわないように…。
Mは、その顔に屈託のない
笑顔を浮かべて
聞いてくれています。

今度はMの番です。
彼女は、ある思い出話を
してくれました。
付き合っていた年上の彼…。
「あの人」とも口にしていた
終わってしまった恋の話。
彼女は少しだけ
その視線を下ろし…
そしてまた、いつもの笑顔で
僕の髪を揶揄いました。
「そんな髪の人とは絶対無理」
それから続けて
「その格好何とかならないの?」
と言いながら笑っています。
僕もつられて笑うのです。
束の間の幸せを
感じた瞬間でした。
それは、 はじめて見る
Mの素顔であったから…。

帰り際の彼女は、
愛嬌を滲ませたその笑顔に
たっぷりと皮肉を込めて
「今度は、髪を洗って来てね」
と言いました。僕は身振りで
「揉み洗いするよ」 と答え
その手でバイバイの
形を作りました。
Mは今一度振り返り
笑顔を向けた後
立派な家の門を閉じました。

さっきより傾いた月は、
その色彩を銀色に変えて
西の彼方に浮かんでいました。
Mの素顔…悲しげな眼差し…。
見上げたそれに彼女を重ねて
「あの人…」と呟きました。
これより先にそれは、
僕を苦しめることになります。
それを知るにはもう少し
時を待たなくてはなりません。
月のひかりは、まだ
僕の帰り道を優しく
照らしているのでした…続く。

月のひかりに感謝して
また、明日。

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