for you…autumn 最終話「月のひかり」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
そして、黄昏…。
川辺に建つ家の前で
ひとりの訪問者が
緑色のドアのベルを
鳴らしました。
僕は、作業を中断して
玄関に向かいそのドアを
開けるのです。
この季節特有の浅い日差しは、
役割を終えて西の彼方に
落ちていました。
そのやわらかな逆光の中に
Mの姿がありました。
その胸に買い物袋を抱えて…。
あの、命がけの階段から
一週間が過ぎていました…。

彼女は、ひとこと
「聴いたよ…」と言いました。
僕は「うん…」とだけ答えます。
それから僕は、
その手にあるものを受け取り
彼女を抱き寄せるようにして
緑色のドアを閉じるのでした。

【回想1】
三宿の彼女Mは、どうして
僕を受け入れてくれたのか…?
そして、あの人…の存在。
1話「三宿のM」より

この一週間。
彼女に何が起こったのか?
僕は、この日記を
書き進めて行く内に
気付いたのです。
あの時のMの想いは、
『彼女だけのもの』
ということ…。
そして、それを
僕が知る必要なんて
ないということ…。
大事なことは、苦手な手料理を
つまりは買い物袋を抱えた
彼女が緑色のドアをknockした…
ということであるのでした。
僕は、大事なことを
忘れていたようです。

【回想2】
「これ家で食べられたら…」
そう言う僕に
先を見越したような
Mの答えが返って来ました。
「料理は苦手だから…」
あの夏の夜の夢から
彼女は頻繁に川辺の家へ
遊びに来るように
なっていました。
だけれど、手料理はお預けで
いつも外食であったのです。
何気に漏れた一言なのに…。
女性の思考回路その仕組みに
舌を巻く他ありません。
手料理なんてもっての他…。
こうして一緒にいるだけで
充分であるのに…。
32話「カルボナーラ」より

キッチンのMは、
本を片手に悪戦苦闘…。
この後、その類いのレシピ本は
数を重ねていくようになります。

漸く午前中からの作業を
終えた僕は、リビングの窓を
開けました。
そのデモテープ「for you…」は、
これより先
レコード会社の目に止まり
僕を新しいステージに
連れて行くことになります。

庭に咲いた秋桜。
その葉の間から
夜に鳴く虫の声がしました。
彼女の手料理は、まだまだ
時間がかかるようです。
いくらだって僕は
待つ事が出来るのです。
時間は、たっぷりと
用意されているのだから…。

窓辺に堕ちた銀色。
月のひかりは、
この星を優しく照らして
そして、ゆっくりと
回っているのでした…おわり

Mに感謝して
また、明日。

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