汚れなき愛を信じて 総集編 playback…1

🌿一章/1話「百草高台」

聞こえてますか?
京王 聖蹟桜ヶ丘。
ジブリ作品
『耳をすませば』の
舞台にもなったその百草高台。
美しい曲線が伸びた
丘の上までの坂道は、
道幅も広く整備されていました。
だけれど、
傾斜の強い登り坂だけに
走行距離10万キロを
こえる中古車には、
決してやさしいものでは
ありませんでした。
だから僕は、
大きく『のノ字』を描くような
その道をたどるのに
ハンドルを右に左にと
忙しく回さなくてはなりません。

助手席に座る彼女は、
壊れた空調設備の代わりに
手回しで車の窓を開けました。
夏の香りを招き入れるように
彼女の長い黒髪は、
その風に吹かれていました。

微かに捉えることの出来る
遠くの新宿高層ビル群。
聖蹟桜ヶ丘の街並みが
一望出来る場所。
厚木 愛川の街から
そこへ移って来たのは、
1992年の
初夏のことでした…続く。

この街に感謝して
また、明日。

🌿一章/2話「夏の香り」

聞こえてますか?
丘に上がった僕らは、
洋風な家が建ち並ぶ
ロータリーをぐるりと回り
その草臥れた中古車を
ロープで区分けされた
アパートの近くの
駐車場に止めました。
エンジンを切っても
なお唸り声を上げる
ワーゲンのボンネットに
駅前のスーパーで
仕入れた食材をいったん置き
それらを抱えて
僕らは歩き出しました。

赤土でならされただけの
駐車場からアパートまでに
小さな畑が並んでいて
名も知れない花たちが
夏の訪れを
待ちわびるかのように
その風に揺れていました。
陽射しがまだ柔らかい季節。
彼女の長い黒髪が
太陽に反射して
キラキラとしていました。

長身の彼女は、
踵のある靴を履けば
明らかに僕の背丈を上回り
気遣いからか
今日もペッタンコの
靴を履いています。
二階建ての木造建築。
当時では珍しい屋根裏のある
アパートの鍵を
僕らは、開けました…続く。

新しい季節に感謝して
また、明日。

🌿一章/3話「出会い」

聞こえてますか?
彼女との出会いは、
錦糸町にあるCLUBでした。
その頃の僕は、
その店の専属の
ボーカリストとして
働いていました。
彼女のテーブルに呼ばれたのが
最初のきっかけでした。

お客様の席に付くことは、
そう珍しいことではありません。
呼ばれれば一緒にお酒を飲み
話の相手をする…
それも仕事のうちでありました。
たとえ、気が乗らなくとも
バンドのフロントマン
である以上声がかかれば
行かなくてはなりません。
たまには 差し入れや
チップなどを頂戴し
バンドメンバーと
分け合ったりと
歌手として駆け出しの僕は、
宣伝と営業を兼ねた
使命を担ってもいました。

だけれど、
彼女の時ばかりは別でした。
他の誰とも違っていたのです。
根拠など何もないけれど、
その先ににあるようなものを
彼女の中に見つけた
気がしたのでした。
それと同時に、
彼女の目は何処か悲しみを
帯びているようにも感じました。
それは、
とても魅力的でありながら
危うさを纏っているものでした。
決して開けてはならない扉…。
僕は、どうしてもそれが
何であるのかを
知りたくなったのです。
もう既に、その時から
彼女に惹かれていた
のかも知れません。

連絡先を交換してから
お互いの家を行き来する
ようになるまでに、そう
時間はいりませんでした…続く。

出会いに感謝して
また、明日。

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