聞こえてますか?archive 「戸馳島」

聞こえてますか?
時にはvocalist 時にはengineer
はたまた流離いのganbler…。
僕にそんな女性の仲間が
出来ました。
カサゴのchorusも快く
引き受けてくれた彼女の声は、
とても新鮮で
魅力的なものでした。
耳に心地よく引っかかり
自然体で程よく力の抜けた
歌声は、始めて鼻唄を口遊んだ
あの頃を思い出させて
くれるものでした。

熊本は天草の玄関口。
宇土半島のつま先から
ちょこっと離れた戸馳島。
その島の一番高い所に
小学校があり
子供の足で登りの片道‪一時‬間。
帰り道は下り坂なので
少しは楽なのですが、
それでも子供心に「だぁりぃ〜」
そう感じていました。

そんな毎日の中で
あっちの山道、こっちの砂利道と
何とか早く帰れる方法を
模索するのですが、結局!
正規のルートが一番だと
思い知らされる事となります。

諦めた僕が次に考えたのは、
遊びながら帰る方法でした。
秘密の基地を造ったり
鳥捕り(バッタリ)を仕掛けたり…。
だけれど、
それも長くは続きません。
クワガタやカブト虫探しにも
飽き始めた頃
何気に口遊んでいた鼻唄の
楽しさに気付きます。

雨の日のハミング
晴れの日のファルセット
台風の日のシャウト…。
ただ何となく口遊ぶだけで
その時をとても豊かなものに
してくれました。
僕の「歌のはじまり」は、
退屈な学校の帰り道でした。

育った島に感謝して
また、明日。

聞こえてますか?アーカイブ 「有明海の風」総集編

聞こえてますか?
風が強い日に父は、
海を見に行きました。
時化た海上の船が
心配だからです。
暴風雨ともなれば
船を陸(おか)に上げ備えます。
台風一過、
父は決まって僕に
船底の掃除を命じます。
学校の休日も台無しです。

風の行方が肝心な投網では、
その眼力で魚の群れを捉えます。
有明海のそれは、
よく向きを変えるから
櫓を漕ぐ僕は、
潮の流れが読めずに
しくじります。

風の日に僕が備えたのは、
潮の流れと父の命令でした。

有明海の風に感謝して
また、明日。

聞こえてますか?archive 「アラン・ドロンと シルヴィ・バルタン」

聞こえてますか?
今宵は、あなたが好きだった
♪アイドルを探せ
♪あなたのとりこ…
70年代の名曲を生んだ
シルヴィ・バルタンを聴きながら
あの頃を想います。

当時流行った
アラン・ドロンのCM。
シェービングクリーム?または、
その類いのコマーシャル
だったかと記憶しています。
小学校に上がる前の僕が、
よく真似をした「ダーバン?…?」
英語だったのか…
仏語なのかは分かりません。
当時の僕が
理解できる筈もないのに、
何度も真似ていた理由は
あなたが、
笑ってくれたからでした…。

70年代に感謝して
また、明日

聞こえてますか?アーカイブ 2018年4月12日木曜日 渋谷JZブラット ザ・ヒットパレーズLIVE記念♪ 「錦糸町」総集編 〆

聞こえてますか?
昨日の続き…。
彼は決して失敗に怒る人では
ありませんでした。
僕にそれ以上の事を
教えてくれようと
していたのかも知れません。
「その先にあるもの…」
あの頃を振り返る度に
そう思えてならないのです。

話は戻りGS-CLUB初期…。
バンドメンバーは、
鉄拳マミーの厳しい指導に耐え
漸く初日を迎えるのです。
一日8ステージの長丁場
演者スタッフ
一丸となったステージは
とても愉しいものでした。
何より純粋に音楽を聴きに来る
GSファンに喜びを
感じていました。
だけど、ただ一つ…。
馴染めなかったものがあります。
それは、衣装でした。

ザ・スパイダーズ ザ・タイガース
ザ・テンプターズ…。
往年スターの完全再現を
コンセプトとしたこの店の衣装も例外ではありません。
ミリィタリールックと呼ばれた
ファションにふりふりの付いた
ピンクのスパンコールで
歌い踊る事に少なからず
抵抗を感じていました。
だけれど、日を追うごとに
グループサウンズの
歴史や功績と遺産に触れ
僕は変わりはじめます。

そのピンクの衣装の裏側に
秘められた「剛 葛藤 奥深さ」
先駆者たる彼等がいたからこそ
今の日本の音楽シーンが
あるのだと心から思ったのです。
僕が着ていた物は、
只の衣装ではありません。
確かにそれは、勲章でした〆

音楽の先駆者に感謝して
また、明日。

聞こえてますか?アーカイブ 2018年4月12日木曜日 渋谷JZブラット ザ・ヒットパレーズLIVE記念♪ 「錦糸町」総集編 4

聞こえてますか?
昨日の続き…。
それは正にスパルタ…
拳が総てでありました。
そんな厳しい指導プレッシャーに
押し潰されそうな時
僕は一度バンマス対し
反抗的行動に出た事があります。
それは、
ある本番中の出来事でした。

後ろからボーカルを煽るかの如く
ドラムが響きます。
けたゝましく鳴る音の中で
僕は歌いながら振り向き
「鉄拳マミー」を睨み返しながら
あろうことかその大事な
ドラムセットつまりは、
バスドラを蹴り上げたのです。
バントメンバーは唖然
固まっておりました。
だけれど、客席は思いのほか
盛り上がっています。
次に僕はマイクを持たない
利き腕の拳で
スネアの角を叩きました。
もはやそれは、大御所と新参者の
闘いでありました。
完全なる御法度。
バンドマスターとは、
絶対的な存在で反抗はクビを
意味しています。その時の僕は
どうかしていたようです。
バンマスのマミーは、
額に溢れる汗にニャリと
笑みを滲ませ
更に今までにないような
パフォーマンスを
見せるのでした。

ステージを終え辞める覚悟で
楽屋に戻った僕に
鉄拳のマミーが言いました。
「それだよ…」
彼は決して反抗や失敗に
怒る人ではありませんでした。
僕にそれ以上の事を
教えてくれようと
していたのかも知れません。
「その先にあるもの…」
あの頃を振り返る度に
そう思えてならないのです…続く。

鉄拳マミーに感謝して
また、明日。

聞こえてますか?アーカイブ 2018年4月12日木曜日 渋谷JZブラット ザ・ヒットパレーズLIVE記念♪ 「錦糸町」総集編 3

聞こえてますか?
それから
幾つかの書類審査
実技選考を終えた僕は、
店を取り仕切る事務所と
契約を結び
晴れて専属vocalistとして
働く事が決まりました。
配属された先は、GS-CLUB
グループサウンズの名曲を
演奏するあのband…。
「鉄拳マミー」の異名を取る
マミー&ストロベリーでした。

GS-CLUBニューオープン。
LIVE HOUSEの準備は、
衣装合わせ 写真撮影 取材など
急ピッチで進められて
行きました。
同時にバントリハーサルも
過熱を極め 突然!
ドラマーであるバンマスの
スティックが飛んで来ます。
楽屋では更にシゴかれます。
今の時代でこそパワハラなどの
言葉を耳にする事が増えましたが
あの頃、即ち1990年代には
通用しません。
それは正にスパルタ…
拳が総てでありました。
そんな厳しい指導
プレッシャーに
押し潰されそうな時
僕は一度バンマス対し
反抗的行動に出た事があります。
それは、
ある本番中の出来事でした…続く。

新たなるステージに感謝して
また、明日。

聞こえてますか?アーカイブ 2018年4月12日木曜日 渋谷JZブラット ザ・ヒットパレーズLIVE記念♪ 「錦糸町」総集編 2

聞こえてますか?
昨日の続き…。
世界の終わりが来ても
耐え得るであろう虫と
チューチューと煩い
招かざる小動物の中で
僕はプロになりました。

90年代初期のこの街には、
BGM的要素の強い
箱バン以外にも、
ビートルズの楽曲を演奏するrevolverやグループサウンズを歌うGS-CLUBと云った
音楽を主とし聴かせる
LIVE HOUSEがありました。
プロになって三年目。
環境の変化を求めて僕は、
オーディションを
受ける事にしました。

先ずは、一度見たいと云う事で
僕はマミー&ストロベリーBandの
リハーサルに参加しました。
乳製品を好んだバンマスの彼は、
マミーと親しまれ
別名「鉄拳のマミー」とも
呼ばれていました。
後に僕は、
それを思い知る事になります。

リハーサルが終われば、
食事の時間です。
ファミリーレストランで
好きなものをオーダーします。
一品しか注文しない僕に
バンマスが言いました。
「もっと食べろ」そして僕は、
オニオングラタンスープを
追加します。このオーディション
心から受かりたいと思いました。

それから
幾つかの書類審査
実技選考を終えた僕は、
店を取り仕切る事務所と
契約を結び晴れて専属vocalistと
して働く事が決まりました。
配属された先は、GS-CLUB
グループサウンズの
名曲を演奏するあのband…。
「鉄拳マミー」の異名を取る
マミー&ストロベリー
でした…続く。

歌で食べて行ける事に感謝して
また、明日。

聞こえてますか?アーカイブ 2018年4月12日木曜日 渋谷JZブラット ザ・ヒットパレーズLIVE記念♪ 「錦糸町」総集編 1

聞こえてますか?

僕のCDデビューは1996年。
でも、始めてギャランティーを
貰ってステージに立ったのは、
それから遡ること五年前
錦糸町のキャバレーでした。
当時バンドマンの事を通称
「箱バン」と呼び
殆んどのクラブやキャバレーが、
生バンド演奏の謳い文句で
高級感を演出していた
時代でした。
僕がその世界に飛び込んだのも
そんな、 最盛期のバブルに
湧いた頃でありました。
けれど、表のステージの
華やかさとは裏腹に
中身は劣悪なものでした…。

その店での箱バンの地位は低く
スタッフの横暴さに
随分悩まされました。
若かった僕は、堪え兼ねて
食ってかかるのですが
来期契約の掛かった
バンドマスターに諌められ
謝る羽目になって
しまう事もしばしば。
名ばかりの楽屋は、
配管ダクトが通った通路…。
空調設備などは皆無で、
夏は蒸し風呂
冬はボイラーパイプに
手を当てて暖を取り
譜面を書いたり
楽器の手入れをして
出番を待つのでした。

世界の終わりが来ても
耐え得るであろう虫と
チューチューと煩い
招かざる小動物達の中で
僕はプロになりました…続く。

この街に感謝して
また、明日。

聞こえてますか?アーカイブ 2018年4月12日木曜日 渋谷JZブラット ザ・ヒットパレーズLIVE記念♪ 【Jazz drummer】last

聞こえてますか?
昨日の続き…。
Bandmasterでもある彼の
「ザ・ヒットパレーズ」は、
昭和の名曲を演奏する
ビッグバンドであり
表現するそれは、
素晴らしいものでした。
笠置シヅ子の♪東京ブギウギ
渋谷の夜を彩る♪虹色の湖
僕の世代でも馴染みの深い
♪銀河鉄道999
何れも此れも日本を代表する
楽曲の数々でありました。

Jazz drummerの選曲で歌う
僕の課題は、SHOGUN。
芳野藤丸を中心とし
スタジオミュージシャンで
構成されたロックバントの
楽曲でありました。
松田優作主演で
未だに語り継がれる
名作ドラマ探偵物語のテーマ曲。
♪ロンリーマン
俺たちは天使だの主題歌
♪男たちのメロディー
そして松山千春が歌う
♪恋でありました。
こんな難題を選曲するとは、
改めて彼の懐の深さを
感じずには要られません。
光栄でした。

ザ・ヒットパレーズの演奏は、
その技術と迫力で
過熱を極めます。
一種格闘技の試合のような
それは、真剣勝負に用いられる
日本刀のような鋭さを秘めた
ものでありました。
今の時代に反抗するかの如く
「違うんだよ!こうなんだよ!」
と音で言っているかのようです。
バンドメンバーは、
みな同じ心根でありました。
僕はそれら全ての
想いをのせて歌います。
幸せでした。
この時が永遠に続けばいい
そう心から願うのでした。

2017年10月2日 深夜。
渋谷の街はその日
雨が降っていました。
Liveの打ち上げも午前三時を回り
日付を変えました。
渋谷セルリアンタワー前の246。
路上で別れを惜しむように
バンドメンバーと抱きあった
それは、歌舞伎町時代の若かった
あの頃に似ています。
あれから、
二十七年が経っていました…幕。

田口耕郎に感謝して
また、明日。

聞こえてますか?アーカイブ 2018年4月12日木曜日 渋谷JZブラット ザ・ヒットパレーズLIVE記念♪ 【Jazz drummer】2

聞こえてますか?
昨日の続き…。
あの頃の僕は、二十五歳。
このメジャーの世界に
飛び込んだばかりの
新人でありました。

2017年 東京目黒。
十数年振りにおこなった
僕の単独Liveに
彼の姿はありました。
観終わった彼は、
自身のビッグバンド
「ザ・ヒットパレーズ」の
ゲストとして歌わないか?と
声をかけてくれました。
興奮を隠しきれません。
何より彼ともう一度
同じステージに立てることを
嬉しく思うのでした。

「おもろいな〜」
歌舞伎町時代の仲間
関西弁の元バンマス
(Band master)も
加わり打ち上げの席に
花が咲きます。
それはもうあの日の
同窓会のようでありました。
Jazz drummerとの出会いも
その陽気な関西弁のバンマスが
居たからに他なりません。
「やっぱり音楽はええなぁ〜」
異なる職種で生業を得ている
元バンマスの言葉は、
懐かしさと何処か遠い憧れの
ようなものを滲ませていました。

Live打ち上げならぬ
歌舞伎町時代の同窓会は、
明け方まで続きます。
やはりBandmanは、
どこまで行っても「酒」で
ありました。

2017年 10月2日。
Bandmasterでもある彼の
「ザ・ヒットパレーズ」は
昭和の名曲を演奏する
ビッグバンドであり
表現するそれは、
素晴らしいものでした。
笠置シヅ子の♪東京ブギウギ
渋谷の夜を彩る♪虹色の湖
僕の世代でも馴染みの深い
♪銀河鉄道999
何れも此れも日本を代表する
楽曲の数々でありました…続く。

ザ・ヒットパレーズに感謝して
また、明日。