厚木のトラック野郎 全11話その8 「淋しがり屋」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
何軒か梯子し
朝方まで飲み明かします。
それが一番星のパターン
彼の流儀でした。

一番星は、田舎の友達を
とても大事にしていました。
気を使いながらも
中学の同級生が遊びに来たら
とことん付き合い遊び倒す
そんな男でした。
少し潔癖で
融通の効かないところは
あるけれど
同僚の先輩や後輩が
彼を大事にしていることが
僕と空回りの男には
わかるのです。
それは、本当の一番星を
知っているからです。
彼は、さりげなく気を使い
自分よりも周りが
愉しんでいることに
何よりも心を砕きます。
その面構えと体躯に似合わず
一番星は人一倍「淋しがり屋」な
一面を持ったいました。

「中学の友達は一生もの」
以前日記で触れた向山のボス猿の
父親が諭すように言ったことを
酔った彼は必ず
口にするのでした…続く。

愛川の夜に感謝して
また、明日。

厚木のトラック野郎 全11の7 「長い夜」後編

聞こえてますか?
昨日の続き…。
あの日の彼は、
本物のトラック野郎に
なっていました。

一軒終わればまた一軒。
鞍替えした場末のスナックは、
時代から取り残された
ような佇まい。
僕らの父親の世代から
活躍していたであろう
年季の入ったカウンターは、
店の奥までとのびていて
木製で造られたそれは、
店構えの象徴でもあり
拭いきれないグラスの
水跡が味でした。
赤いベルベット調の生地を
贅沢にあしらったボックス席は、
何年にも渡って吸い続けた
帰りたくない男達の
汗と涙の歴史を
物語っているかのように
その店を縁取っていました。

一見廃れたようなそれを
一番星は、風情と呼びました。
小洒落たものに
異常な拒否反応を示す彼に
都会派なものなど通用しません。
昔ながらのそれを受け継ぐもの…。
例えていうならば、
赤提灯と肴は
炙ったイカであります。

それが揃えばあとは唄。
カラオケをこよなく愛する
彼の十八番は、
松山千春の長い夜でありました。
なかなかどうして
ロングトーンはお手のもの。
うまいものです。
気をよくした彼は更に
喉を鳴らし歌い続けます。
そのあとも、
馴染みとするお店を
何軒か梯子し
朝方まで飲み明かします。
それが一番星のパターン
彼の流儀なのでありました…続く。

時代遅れの男たちに感謝して
また、明日。

厚木のトラック野郎 全11話その7 「長い夜」前編

聞こえてますか?
昨日の続き…。
厚木の一番星は、
まさしくあの頃の夢を
叶えたのでありました。

週末ともなれば、
一番星の同僚が集まり
あの頃一番の賑わいをみせた
居酒屋 建六に繰り出します。
トラック野郎の
長い夜のはじまりです。
以前日記でも触れた
男女7人高円寺の登場人物
空回りの男も駆けつけます。
彼は遅咲きの大学生になっており
ピカピカの一年生でありました。
花のキャンパスライフなる日々を
送っていると思いきや
ノミカタ(飲み会)の情報を
仕入れるや否やこうして
愛川の街にやって来るのでした。

トラック乗りとのノミカタは、
豪快で楽しいものでした。
何より気持ちのいい男達ばかりで
一番星のダチというだけで
他は何も入りません。
よそ者の僕らを無条件で
受け入れてくれます。
「さしよりビール!」の号令一下
東京で言う所の「とりあえず生」
に男達は手を挙げます。
仕事終わりの一杯は、
其れは其れは格別なものでした。

熊本の方言でもあるさしより。
明治時代の文豪 徳富蘆花が
自身の作品で記した差し寄り。
何処であっても
一番星はその言葉を使います。
それは、
故郷を忘れまいとする哀愁と
この地に身を置きながらも
関東に負けまいとする
彼なりのこだわりでした。
僕はそんな一番星を眺めながら
友達で良かったと
今更ながらに思うのです。

酒が進めば、
トラック野郎の大切なアイテム
無線の話題に花が咲きます。
身振り手振りで彼らは語るのです。
仲間同志の渋滞情報や
独自の抜け道などを交換する
やり取りのそれは、呪文のようで
僕にしてみたら最後の
「〇〇〇〇どうぞ〜」
しか分かりません。
だけど特殊技術でもあるだけに
そのプロフェッショナルな話は、
とても新鮮なものでした。
一番星にあっては、
もう既に文太さんになりきって
エアー無線 実演の真っ最中。
あの日の彼は、
本物のトラック野郎に
なっていました…続く。

トラック野郎に感謝して
また、明日。

厚木のトラック野郎 全11話その6 「夢」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
それぞれのルーティーンが
終わりまた
はじまるのでした。

一番星は中学生の頃
休み時間になると
トラック雑誌を広げ
食い入るように
見つめていました。
雑誌に穴が
空きそうなくらいです。
「こん トラックの
テールランプは武者んよか~」
翻訳
*武者んよか~とは
武者振りが良いという
勇ましい武士に使われた言葉で
カッコイイの表現を
僕らは類似語として
それを多用していました。

こうも熱く語っています。
「菅原文太は
そにゃー武者んよか」
「おら〜絶対
トラック運転手になる」
翻訳
(菅原文太のような
トラック乗りになる)
銀幕の大スター菅原文太。
仁義なき戦いでも有名な
彼のもう一つの ハマリ役
「トラック野郎」を
さして彼は言うのです。
その映画の主人公が、まさに
星桃次郎「一番星」でした。
大型トラックで全国を駆け巡る
痛快娯楽ロードムービー。
彼にとって
トラック野郎の菅原文太
こそが憧れであり
夢の象徴でありました。

だけれど、熱く語る彼に
不安を感じずには
いられません。
どうも本当に文太さんが、
トラックの運転手だと
勘違いしている節がありました。
菅原文太は俳優さんです。
なんて水を差すようなことは
言えません。
中学二年生の彼は、
丸坊主の純粋な子供でした。

果たして彼が思い描く
文太さんになれたかは
謎だけれど、
今こうして全国津々浦々
トラックを転がす
厚木の一番星は、
まさしくあの頃の夢を
叶えたのでありました…続く。

文太さんに感謝して
また、明日。

厚木のトラック野郎 全11話その5 「ルーティーン」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
全ての段取りを終えた
この家の主は、やっとこさ
風呂をいただくのでした。

やはりいらぬ心配を
してしまいます。
絵に書いたような九州男児。
その割りに細かい一番星。
嫁さんは大変だな…。
それから僕は、
いつものように
ざっくりと布団を折り曲げて
その奥へと押しやり
テレビを付けました。

風呂から上がった一番星は、
ドライアーと格闘しています。
アイパーをあてた
お気に入りのリーゼント。
その髪型を整えるのに
大忙しであります。
癖の強い毛の生え際
その左側がどうしても膨らむ!
などと嘆いております。
大丈夫です。
誰も気にしません。
何ゆえセットが
必要なのでしょう…。
後は寝るだけなのに…。
口には、だしません。
僕は居候です。
わきまえております。

長〜い髪型の
セッテングを終えて
一番星はやっとこさ
ビールとつまみに
ありつきました。
僕は、晩メシならぬ
朝ごはんを食べ
深夜の仕事に備えます。
それぞれの
ルーティーンが終わり
そしてまた、
はじまるのでした…続く。

日々の生活に感謝して
また、明日。

厚木のトラック野郎 全11その4 「器用な男」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
それから僕は、
昨夜の仕事の疲れを
思いだしたように
うつらうつらと
眠りにつくのでした。

「リモコンんばぁ…」
「電源ば消さにゃ…」
翻訳
「テレビを消さなければ
一番星が煩い」
彼の説教を喰らわないように
テレビだけは消して置きます。
わきまえております。
僕は居候の身分なのです。
当然です。
最低限のマナーとして
それだけは!と
自分に課していました。
が、僕は忘れてしまうようです。

「わら〜
テレビも付けっ放しで!
着たもんも脱ぎぱなし!
風呂は流してもおらん!
ちゃんと せー」
翻訳
「ちゃんとしなさい!」
18時を回ったのでしょう。
一番星は、
その体躯に似合わない
レンジの高い声を発します。
窓の外は夕暮れ時の風で
カーテンを揺らしていました。

いつものように
小言を吐きながら
後片付けに一生懸命です。
寝惚け眼で
一番星の後姿を眺めながら
「器用な男」だと
つくづく思ってしまいます。
どこでそんな技を
身につけたのでしょう。
洗濯ものを取り込み
丁寧に畳みます。
端がちゃんと揃っています。
お見事です。
綺麗に洗い流した風呂には、
もう既に湯を
張っているようであります。
あっぱれです。
器用な手つきで
テキパキと行動し
全ての段取りを終えた
この家の主は、やっとこさ
風呂をいただくのでした…続く。

ありふれた日常に感謝して
また、明日。

厚木のトラック野郎 全11話その3 「居候」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
仕事終わりの帰り道は、
束の間のひと時と
爽やかな気持ちを
もたらしてくれる
大切なものでした。

小倉橋を渡り
小高い丘を目指して
螺旋状の坂道を
のノ字を描くように
登ります。
木漏れ日の森を抜けて
しばらく進めば、
我が家ならぬ
居候先に到着です。
朝の早い一番星は、
もう既に
仕事に出掛けていました。
長旅を終えた
ポンコツワーゲンは、
エンジンを切ってもまだ
唸っていました。

いつものように僕は、
コーポの脇にある
二階建ての階段を登り
合鍵を使い部屋へ入ります。
潔癖の一番星。
出かける時とは
打って変わり
全てが整頓されています。
昨夜ざっくりと
折り曲げた僕の布団も
綺麗に畳んでありました。
電化製品のリモコンにも
ラップを巻く念の入れようで
サイズも位置もあらかじめ
決められてありました。
「こっじゃ~嫁さんのこんぞ…」
翻訳
(これじゃ嫁さんの来てがないよ)
などと
居候の分際でありながら
心配をしてしまいます。
だけれどそれは、
いっ時のことで
次の瞬間には、
そんな事などコロッと忘れ
着ていたものを脱ぎ散らかし
そそくさと風呂に入るのでした。

風呂付きのアパートに
住んだことがなく
僕にとっては、
至福の時であります。
そして桶の中で
歯磨き開始です。
序でに頭も洗います。
合理的 且つ 省エネなのです。
一番星が怒る所以でありました。
大丈夫です。
夕方18時まで戻りません。
バスタオルを腰に巻きつけて
濡れたままの足で
冷蔵庫のビールに
手をのばします。
大丈夫です。
濡れた床と身体は、
自然に乾いてしまいます。

そんな風にゆっくりと
なんとなくおっとりと
僕の時間は、
流れてゆきました。
軽くつまみながら2本目の
ビールを飲み終えるころに
テレビから笑っていいともの
オープン二ングの歌が
聴こえてきました。
それから僕は、
昨夜の疲れを思い出すように
うつらうつらと
眠りにつくのでした…続く。

お風呂に感謝して
また、明日。

厚木のトラック野郎 全11話その2 「ポンコツワーゲン」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
「もーよか~もうせーん!」
翻訳
(もういい もう知らない)
と言いながら諦めたように
その肩を落とすのでした。

1991年当時の僕は、
新宿 歌舞伎町の
CLUB歌手を生業とし
食い扶持を得ていました。
深夜1時からの4ステージ。
店舗から出される残飯を
カラスが突っつく頃に
仕事を終えて
居候先である厚木の
愛川町へと戻るのです。
一番星がいうところの
ポンコツワーゲンに
乗り込んだ僕は、
眠らない街
歌舞伎町を後にしました。

二時間をかけた
国道246の帰り道。
多少の眠気はあるものの
僕には大切な時間
でもありました。
新しい曲を考えたり
鼻歌を誰に
気兼ねすることなく
口遊むことだって出来ます。
それから僕は、
八王子バイパスを経由して
脇道に入ります。
敢えて遠回りの
山道を選ぶのは、
相模川に架けられた
小倉橋を通りたいからです。
何よりも
その車窓から見える
景色が好きでした。

初夏の風は、
冷房の具合が悪い
ポンコツワーゲンには
有難い涼しさで
その川面に映る
針を散りばめたような
キラキラは、
都会の喧騒を
忘れさせるものでした。
そして
その柔らかい風に
揺れる水草は、
新しい季節の到来を
待ちわびるかのように
緑色の葉を光の方へと
強く伸ばしていました。
仕事終わりの帰り道は、
束の間のひと時と
爽やかな気持ちを
もたらしてくれる
大切なものでした…続く。

新しい季節の到来に感謝して
また、明日。

 

厚木のトラック野郎 全11話その1「一番星」

聞こえてますか?

1991年初夏。
相模川水系の支流である
中津川を渡り
愛川の丘を登ります。
仕事仲間である
ギターリストから
譲り受けたその中古車は、
ドイツ製とは名ばかりで
百メートルに満たない
その坂道を登るのに
悲鳴に似たエンジン音を
上げています。
厚木のトラック野郎こと
「一番星」は、その車を
ポンコツワーゲンと
呼んでいました。

一番星とは、
神奈川県厚木市にある
運送会社に就職した
中学の同級生で
強面のわりに
優しいところがあり
食えない僕を居候させる
気風の良い男でありました。
だけど一番星は、
「後悔先に立たず」
なる言葉をよく口に
するようになります。

甘く見ていた共同生活。
ここまで酷いとは
思わなかったのでしょう。
彼は、恰幅のいい
その体躯に反して
細かいところがありました。
それと同時に
潔癖な節もあり
部屋を散らかす僕に
まるで小姑のように
小言を発します。

いつものように
右から左へ聞き流せば、
艶々とした丸顔の
その口を
ポカーンと開けて
「もーよか~もうせーん!」
翻訳
(もういい もう知らない)
と言いながら諦めたように
その肩を
落とすのでした…続く。

同級生に感謝して
また、明日。

畦道とハイヒール 「金髪丸坊主」

聞こえてますか?
順応する天才。
その食に対する
飽くなき探究心だけは、
なんちゃって
漁師の女房の名に恥じぬ
ものでありました。

そんなあなたにも、
この戸馳島で
お友達が出来ました。
家族ぐるみの
付き合いで
よく宴をひらき
家庭用カラオケを
愉しんでいました。
十八番は、
♪銀座の恋の物語。
石原裕次郎と牧村旬子
の二人で歌うそれは、
映画にもなり現在でも
カラオケ定番の
デュエット曲として
愛唱されています。

あなたたちは、
見つめ合いハモりながら
喉を鳴らしています。
見ているこっちが
恥ずかしくなって
しまいます。
けっして上手では
なかったけれど
その歌声は、
飲み会を盛り上げるに
十分な内容でした。
何より島の人たちは、
歌が大好きでした。

でも僕は知っています。
「上手なカラオケQ&A」
なる本を読んでいたことを。
あなたなりに
頑張っていたのですね。

日に日に
島に馴染んでゆく
あなたを見るのが
好きでした。
誰よりも一番嬉しく
思っていたことを
あなたは、
知っていましたか?
メイクも薄く
ファッションも
派手でなくなりました。
その代わり髪型だけは、
攻めていましたね!
「金髪丸坊主」
やっぱり
風にはなびきません。
今でこそ珍しくない
そのヘアースタイル。
産まれたての
お猿さんみたいです。
流石の父も
首を傾げるばかり…。
あなたは、どこまでも
あなたでした。

2017年 夏。
いやだった筈の
赤いハイヒール。
風になびくことのない
金色の髪の毛。
なんだか愛おしく
素敵に思えてしまいます。

船着場までの畦道を
颯爽と闊歩する
ひとりの女性がいました…。

東京の遥か向こう側。
あなたが眠る
九州熊本の地を想い
今日もまた、
西の空を見上げます…幕。

あなたに感謝して
また、明日。