for you…summer 30話「夏の夜の夢」前編

聞こえてますか?
昨日の続き…。
涙を誘うテーマ曲が
フェードアウトしてDJの
アナウンスに変わりました。
ゆりかもめ芝浦アプローチ。
僕は、ループしたその橋の
形状に身を委ねるようにして
ハンドルを廻すのです。
僕はいつまで…
待てばいいのでしょうか…。

「コンコン」と窓を叩く
音がしました。バイト終わりの
いつもの帰り道。
雨のために車を止めて
来るかも分からない人を
待っていた並木通り…。
折りたたみ式の
赤い傘を持ったMの姿が
そこにはありました。
それから彼女は、
フロント部分をぐるりと回り
ドイツ車とは名ばかりの
助手席のドアを開けました。

いつだってそうでした…。
会えないだろうと
思う時にMは現れ…
待ちに待った時に限って
彼女はいないのです。

ここ数日の
僕の苦悩など知る由もなく…。
隣の席には
何事もなかったかのような
Mの笑顔がありました。
雨を恨みます…。
久しぶりに会えたと云うのに
車であったら
「下馬散歩」になりません。
あの角を右に折れたら
バイバイなのです。

だけど、Mが放った言葉に
僕の考えなどすぐに
吹っ飛んでしまうのでした。
「ドライブがしたい」
なんと素敵な響きなのでしょう…。
手のひら返しのアフリカーナ。
突然の雨に感謝の気持ちで
いっぱいでした。

Mのリクエストのために
草臥れた中古車は、
湾岸方面に向けて走るのです。
何度も往来を繰り返した道…。
雨のレインボーブリッジを
僕たちは、
はじめて渡るのでした…続く。

夏の雨に感謝して
また、明日。

for you…summer 29話「ニューシネマ ・パラダイス」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
テレビの中の彼は、
シュッとした商社マンで
普通の髪型をした好青年。
そして現実は、昼と夜の
逆転した生活を送る
髪を洗えない
時代遅れのアフリカーナで
あるのでした。

約束をしている訳では
ないのだけれど…。
今日も僕は、海岸通りから
レインボーブリッジを渡り
彼女のいる三宿へと
車を走らせるのです。
濡れた路面は、
対抗車線のヘッドライトに
反射して僕の視界を遮りました。
銀色の月を隠した
突然の雨雲は、
東京湾に広がる風景を
一変させました。

点けっぱなしのラジオから
懐かしい音楽が流れています。
それは、劇場まで足を運んで
鑑賞したイタリア映画
「ニューシネマパラダイス」の
テーマ曲でした。
ヒロインに想いを寄せて
彼女の部屋の扉が開くのを
ひたすら待ち続ける
主人公トト…。
ピンとこなかった当時…。
だけれど、
今になって身に染みるのです。
物語の中に出てくる
ある男の逸話…。
雨の日にも風の日にも
愛する女性を待ち続け
最後の一日になって
何故か待つことを
止めてしまった男の話。
彼の気持ちが少しだけ
分かる気がしました…。

涙を誘うテーマ曲が
フェードアウトしてDJの
アナウンスに変わりました。
ゆりかもめ芝浦アプローチ。
僕は、ループしたその橋の
形状に身を委ねるようにして
ハンドルを廻すのです。
僕はいつまで…
待てばいいのでしょうか…続く。

優しい音楽に感謝して
また、明日。

for you…summer 28話「愛するということ」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
「避けられてるのかな…」
テレビの音と虫の声は、
そんな意識の中で薄れて行き
やがてそれは
弱くなってゆくのでした…。

夏の日差しはじりじりと
地面の水分を奪い取り
庭の花たちは、Uの字を
逆さまにしたように倒れ
力なく重なり合っていました。

焦点の合わない視力で
ブラウン管の物体を
目だけで追っていました。
どうやら夕方にやる
ドラマの再放送の様です。
俳優 緒方直人が、
雨の中でずっと
誰かを待っています。

僕は、夏の声を掻き消すように
リモコンのボリュームを
上げました。
ひとりの男が「好きだ」の
一本槍で気持ちを伝え
それに翻弄されながらも
小泉今日子扮する主人公が
心を揺り動かされてゆく
ストーリー。
それは「愛するということ」
と云うドラマでした。

そういえば、
名作「男子7人夏物語」に
ときめきを覚えたのも
放送の一年後でありました。
高校時代 夕方のアルバイト前に
時を惜しむように観ていた事が
思い出されます。

世間の潮流に一年の遅れを取る
再放送のアフリカーナ。
観ている内に
いくら飲み込みの悪い僕でも
ザワザワし始めるのです。
今の自分に似ているような…。

それからの僕は、
ウィークデイの夕方から
目が離せなくなりました。
だけれど、ドラマはドラマ…。
テレビの中の彼は、
シュッとした商社マンで
普通の髪型をした好青年。
そして現実は、
昼と夜の逆転した生活を送る
髪を洗えない
時代遅れのアフリカーナで
あるのでした…続く。

夕暮れの再放送に感謝して
また、明日。

for you…summer 27話「夏の虫」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
眠りから目覚めて
一番に想い浮かぶ顔は
その人にとって
一番大切なひと…。
それは下馬散歩のはじまりから
より強く僕の心を
支配してゆくのでした。

夏の虫たちは、
まるで疲れを知らないように
午後の日差しが傾いても
喧しく鳴いていました。
二階にある寝室から
リビングに降りて
テレビのリモコンを探します。
それから、冷蔵庫の中の
ミネラルウォーターを取り出し
庭に面した窓を開けました。
点けっぱなしにした
テレビの音と夏を象徴とする
その鳴き声は、
ステレオタイプとなって
この川辺の家に響き渡りました。
起き抜けの僕には騒音以外の
何ものでもありません。

眠りから目覚めて
一番に想い浮かぶ顔は
その人にとって一番大切なひと…。

庭の乾き切った土を眺めながら
ミネラルを飲み干しました。
花に水をやらなきゃと
ぼんやり思いながらも
目覚めたばかりの意識は
彼女だけの物になっています。

あれから、Mと会えない
日が続いていました。
時間が合わなかったり、
リハーサル終わりメンバーと
飲みに行っても休みだったり…。
昨日、思い切って彼女の家に
電話をしてみたけれど
案の定 留守でした。

「避けられてるのかな…」
テレビの音と虫の声は、
そんな意識の中で薄れて行き
やがてそれは
弱くなってゆくのでした…続く。

夏の声に感謝して
また、明日。

for you…summer 26話「眠りから目覚めて」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
Mは、そんな生活を送る僕を
まだ受け入れては
いない様でした。
下馬散歩の中でも
時折 水商売の話題になると
彼女は決まってその表情に
暗い影を落とすのでした…。

その日Mは、メキシコ料理店に
休みを貰っているようでした。
ガラス張りの電話ボックス。
今では、殆ど見る事のない
公衆電話の箱の中。
緑色の受話器を置くのと
同時にテレホンカードが
返って来ました。
「ピーピーピー」と
Keyの高い電子音…。
角張った顔のような箱から
煩さく舌を出したそれを
素早く抜き取りました。
それから、Mの家に電話を
入れようとして…
やっぱり止めました。
待ち合わせをしている訳では
ないのだけれど…
心配してしまうのです。
果たして僕にその権利が
あるのでしょうか…。

歌舞伎町の仕事から
川辺の家に帰宅した僕は、
留守番機能の点滅を
いの一番に確認するのです。
時計の針は、
朝の8時を指しています。
Mからのメッセージは
ないようでした…。

眠りから目覚めて
一番に想い浮かぶ顔は
その人にとって
一番大切なひと…。
それは、下馬散歩の
はじまりから
より強く僕の心を支配して
ゆくのでした…続く。

目覚めに感謝して
また、明日。

for you…summer 25話「ピヨピヨピヨ」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
さっきより傾いた月は、
その色彩を銀色に変えて
西の彼方に浮かんでいました。
Mの素顔…悲しげな眼差し…。
見上げたそれに彼女を重ねて
「あの人…」と呟きました。
これより先にそれは、
僕を苦しめることになります。
それを知るにはもう少し
時を待たなくてはなりません。
月のひかりは、まだ
僕の帰り道を優しく
照らしているのでした…。

三宿の駐車場に
停めて置いたドイツ車とは
名ばかりの中古車。
出勤時間を大幅に
過ぎているようです。
それでも、
心は晴れやかでした。
Mが自身の話をしてくれたこと。
「そして、あの人」…。
何より今日は、
下馬散歩に道草の
おまけ付きであります。
何の不満があるのでしょう…。

草臥れた中古車は、
以前より増して
空調設備の具合が悪く
代わりに手回しで
その窓を開けました。
BAR「ピヨピヨピヨ」の
遅刻は、10分罰金千円…。
歌舞伎町に着く頃には
二時間の遅れが予想されます。

名前からして怪しいBAR…。
時給が高いからと勤め始めた
その店には、
役者を目指す者…お笑いの
世界に席を置く者。
様々な若者が働き、又は
客として足を運ぶ
隠れ家的お店でありました。
カクテルの「カ」の字も
知らないアフリカーナ。
面接もハッタリで受かった
ようなものでノリ(勘ひとつ)で
何とか乗り切っていました。

歌舞伎町の片隅で
ひっそりと灯りをともす
穴場的な店。そんな路地裏の
アンダーグラウンドであったから
三つ編みアフリカーナでも
扶持を得ることが
出来たのかも知れません。
メンバーであるダンサー
ドレッド筋肉マンと
2ブロックちょんま頭の彼とも
そこで知り合い仲間の契りを
交わしたのでありました。

Mは、そんな生活を送る僕を
まだ受け入れては
いない様でした。
下馬散歩の中でも
時折 水商売の話題になると
彼女は決まってその表情に
暗い影を落とすのでした…。

ピヨピヨピヨに感謝して
また、明日。

for you…summer 23話「緑色のドア」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
僕は歩幅を緩めたい気持ちで
いっぱいでした。
立派な門構えの前まで来たら
お別れです。役目を終えた
淋しいアフリカーナは、
バイバイと手を振って
今来た道をとって返すのです。
そののひと時を
噛み締めながら…。

下馬散歩の後は、
勤務先である新宿歌舞伎町
のBARに向かいます。
その当時の僕は、
深夜に働き昼間寝るといった
一般の人とは真逆な生活を
送っていました。
雑居ビルから出された残飯を
カラスが突っつく頃に
一日の終わりを迎え
「緑色のドア」が目印の
自宅に帰るのです。

東京は江戸川。
その支流である川辺に
特殊な色使いをした
テラスハウスがありました。
都営新宿線一之江駅から
徒歩で20分。
東西線 葛西駅からでも25分…。
歩くには不便な場所にも拘らず
そこを寝床に決めたのには
理由がありました。

音楽以外たいして興味を
示さないアフリカーナにも
ガーデニングといった
唯一の趣味があり
日当たりの良い小さな庭が
あるのも大きな要因でした。
だけど、何よりもその印象的な
「緑色のドア」に魅せられて
この川辺の家の鍵を
手にしたのでありました。
せちがない都会での生活で
その扉の向こうに小さな夢を
見いだしていたのかも
知れません…。

そこには、コンクリートで
整備された駐車場も付いており
車通勤には有難いものでした。
日課になりつつある下馬散歩。
そして、今日も僕は草臥れた
中古車を走らせるのです。
海岸通りからお台場の
レインボーブリッジを渡り
一路Mのいる街を目指して…続く。

川辺の家に感謝して
また、明日。

for you…summer 22話「下馬散歩」後編

聞こえてますか?
昨日の続き…。
彼女は、分からない事は聞き
思った事は素直に
言うひとでした。
決して強い物言いではなく
やわらかな口調で…。
上からでもない
丁寧な言葉遣いで…。
いつも自然体で、どこか
天然色を持ち合わせたM。
その飾らない笑顔が、全てを
物語っているのでした…。

「夢があることは羨ましい」
続けて彼女は、これからの話も
聞かせてくれました。
ファッションに興味を持つM。
大学を卒業したら服飾系の
仕事に就きたいようでした。
なるほど、Mの私服は
奇をてらわず
何気なく着こなした
デニムでさえスタイリッシュに
見えたものです。
それはシンプルで
何より爽やかでありました。
ズダ袋を頭から被ったような
髪を洗えないアフリカーナとは
どうにも吊り合いません。

【回想】
あなたは、
後に語っていましたね…。
「Mさんは、
元気にしているのかな…?」
大学卒業後、
大手アパレル会社に就職し
社会人デビューを飾ったM…。
彼女のからのプレゼント
フェラガモの靴を
あなたは「勿体無い」と
言いながら一度も履くことなく
最後まで大切に
しまっていましたね…。
Mの気遣いと、あなたの貧乏性を
何処か微笑ましく
思ったものでした…。
「マーマレード」
〜あなたのepisodeより

夏の夜の下馬散歩は、
僕にとって
かけがえのないもので
上空に広がる東京の星空も
キラキラと輝いて
見えたものです。
彼女の家は、下馬にある
二階建ての一軒家。
世田谷公園の先を右に折れたら
家族が待つ彼女の自宅。
それは、今日の
「おしまい」を意味しています。

僕は歩幅を緩めたい気持ちで
いっぱいでした。
立派な門構えの前まで来たら
お別れです。役目を終えた
淋しいアフリカーナは、
バイバイと手を振って
今来た道をとって返すのです。
そののひと時を
噛み締めながら…続く。

東京の星空に感謝して
また、明日。

for you…summer 21話「下馬散歩」中編

聞こえてますか?
昨日の続き…。
最初は迷惑そうだったM…。
そんな熱意を汲み取ったような
半ば諦め…根負け感も否めない
僕らの「下馬散歩」が
はじまるのでした。

「その髪いつ洗うの?」
三つ編みにした肩まで
伸びる髪にパステルカラーの
ビーズをあしらった
それを指差しMが言うのです。
少しは、僕に興味を持って
くれたのでしょうか…?
気分を良くした
なんちゃってアフリカーナは
語り出すのです。
自身の洗えない髪のこと…。
夢と音楽の話…。

しっかりと目を見て
会話をすることや
人の話に耳を傾けて
ちゃんと聞くその姿勢に
「品」と云うものを
感じずには要られません。
両親の愛情を一身に受けて
大切に育てられたのだと
改めて思うのです。

彼女は、分からない事は聞き
思った事は素直に
言うひとでした。
決して強い物言いではなく
やわらかな口調で…。
上からでもない
丁寧な言葉遣いで…。
いつも自然体で、どこか
天然色を持ち合わせたM。
その飾らない笑顔が、全てを
物語っているのでした…続く。

飾らない笑顔に感謝して
また、明日。

for you…summer 20話「下馬散歩」前編

聞こえてますか?
昨日の続き…。
そんな、度重なる失敗の中
あの手この手を模索し
行き着いた先が
夜の遅いバイト帰りに
自宅まで送ると云うChallenge❗️
名付けて「下馬散歩」
でありました。

ドイツ車とは名ばかりの
草臥れた中古車であっても
5分とはかからない距離。
それではもったいない…。
僕は、徒歩での警護ならぬ
頼まれもしない
ボディーガードの役を
買って出たのです。
風貌からして、好き好んで
異様な髪型をした人物に
声をかけたりする者は
皆無であります。
物騒な夜のひとり歩きには
もってこいの人材でありました。
歩いて10分の僅かな道のりに
僕は全てを賭けました。

最初は迷惑そうだったM…。
そんな熱意を汲み取ったような
半ば諦め…根負け感も否めない
僕らの「下馬散歩」が
はじまるのでした…続く。

散歩道に感謝して
また、明日。