聞こえてますか?アーカイブ 2018年4月12日木曜日 渋谷JZブラット ザ・ヒットパレーズLIVE記念♪ 「錦糸町」総集編 3

聞こえてますか?
それから
幾つかの書類審査
実技選考を終えた僕は、
店を取り仕切る事務所と
契約を結び
晴れて専属vocalistとして
働く事が決まりました。
配属された先は、GS-CLUB
グループサウンズの名曲を
演奏するあのband…。
「鉄拳マミー」の異名を取る
マミー&ストロベリーでした。

GS-CLUBニューオープン。
LIVE HOUSEの準備は、
衣装合わせ 写真撮影 取材など
急ピッチで進められて
行きました。
同時にバントリハーサルも
過熱を極め 突然!
ドラマーであるバンマスの
スティックが飛んで来ます。
楽屋では更にシゴかれます。
今の時代でこそパワハラなどの
言葉を耳にする事が増えましたが
あの頃、即ち1990年代には
通用しません。
それは正にスパルタ…
拳が総てでありました。
そんな厳しい指導
プレッシャーに
押し潰されそうな時
僕は一度バンマス対し
反抗的行動に出た事があります。
それは、
ある本番中の出来事でした…続く。

新たなるステージに感謝して
また、明日。

聞こえてますか?アーカイブ 2018年4月12日木曜日 渋谷JZブラット ザ・ヒットパレーズLIVE記念♪ 「錦糸町」総集編 2

聞こえてますか?
昨日の続き…。
世界の終わりが来ても
耐え得るであろう虫と
チューチューと煩い
招かざる小動物の中で
僕はプロになりました。

90年代初期のこの街には、
BGM的要素の強い
箱バン以外にも、
ビートルズの楽曲を演奏するrevolverやグループサウンズを歌うGS-CLUBと云った
音楽を主とし聴かせる
LIVE HOUSEがありました。
プロになって三年目。
環境の変化を求めて僕は、
オーディションを
受ける事にしました。

先ずは、一度見たいと云う事で
僕はマミー&ストロベリーBandの
リハーサルに参加しました。
乳製品を好んだバンマスの彼は、
マミーと親しまれ
別名「鉄拳のマミー」とも
呼ばれていました。
後に僕は、
それを思い知る事になります。

リハーサルが終われば、
食事の時間です。
ファミリーレストランで
好きなものをオーダーします。
一品しか注文しない僕に
バンマスが言いました。
「もっと食べろ」そして僕は、
オニオングラタンスープを
追加します。このオーディション
心から受かりたいと思いました。

それから
幾つかの書類審査
実技選考を終えた僕は、
店を取り仕切る事務所と
契約を結び晴れて専属vocalistと
して働く事が決まりました。
配属された先は、GS-CLUB
グループサウンズの
名曲を演奏するあのband…。
「鉄拳マミー」の異名を取る
マミー&ストロベリー
でした…続く。

歌で食べて行ける事に感謝して
また、明日。

聞こえてますか?アーカイブ 2018年4月12日木曜日 渋谷JZブラット ザ・ヒットパレーズLIVE記念♪ 「錦糸町」総集編 1

聞こえてますか?

僕のCDデビューは1996年。
でも、始めてギャランティーを
貰ってステージに立ったのは、
それから遡ること五年前
錦糸町のキャバレーでした。
当時バンドマンの事を通称
「箱バン」と呼び
殆んどのクラブやキャバレーが、
生バンド演奏の謳い文句で
高級感を演出していた
時代でした。
僕がその世界に飛び込んだのも
そんな、 最盛期のバブルに
湧いた頃でありました。
けれど、表のステージの
華やかさとは裏腹に
中身は劣悪なものでした…。

その店での箱バンの地位は低く
スタッフの横暴さに
随分悩まされました。
若かった僕は、堪え兼ねて
食ってかかるのですが
来期契約の掛かった
バンドマスターに諌められ
謝る羽目になって
しまう事もしばしば。
名ばかりの楽屋は、
配管ダクトが通った通路…。
空調設備などは皆無で、
夏は蒸し風呂
冬はボイラーパイプに
手を当てて暖を取り
譜面を書いたり
楽器の手入れをして
出番を待つのでした。

世界の終わりが来ても
耐え得るであろう虫と
チューチューと煩い
招かざる小動物達の中で
僕はプロになりました…続く。

この街に感謝して
また、明日。

聞こえてますか?アーカイブ 2018年4月12日木曜日 渋谷JZブラット ザ・ヒットパレーズLIVE記念♪ 【Jazz drummer】last

聞こえてますか?
昨日の続き…。
Bandmasterでもある彼の
「ザ・ヒットパレーズ」は、
昭和の名曲を演奏する
ビッグバンドであり
表現するそれは、
素晴らしいものでした。
笠置シヅ子の♪東京ブギウギ
渋谷の夜を彩る♪虹色の湖
僕の世代でも馴染みの深い
♪銀河鉄道999
何れも此れも日本を代表する
楽曲の数々でありました。

Jazz drummerの選曲で歌う
僕の課題は、SHOGUN。
芳野藤丸を中心とし
スタジオミュージシャンで
構成されたロックバントの
楽曲でありました。
松田優作主演で
未だに語り継がれる
名作ドラマ探偵物語のテーマ曲。
♪ロンリーマン
俺たちは天使だの主題歌
♪男たちのメロディー
そして松山千春が歌う
♪恋でありました。
こんな難題を選曲するとは、
改めて彼の懐の深さを
感じずには要られません。
光栄でした。

ザ・ヒットパレーズの演奏は、
その技術と迫力で
過熱を極めます。
一種格闘技の試合のような
それは、真剣勝負に用いられる
日本刀のような鋭さを秘めた
ものでありました。
今の時代に反抗するかの如く
「違うんだよ!こうなんだよ!」
と音で言っているかのようです。
バンドメンバーは、
みな同じ心根でありました。
僕はそれら全ての
想いをのせて歌います。
幸せでした。
この時が永遠に続けばいい
そう心から願うのでした。

2017年10月2日 深夜。
渋谷の街はその日
雨が降っていました。
Liveの打ち上げも午前三時を回り
日付を変えました。
渋谷セルリアンタワー前の246。
路上で別れを惜しむように
バンドメンバーと抱きあった
それは、歌舞伎町時代の若かった
あの頃に似ています。
あれから、
二十七年が経っていました…幕。

田口耕郎に感謝して
また、明日。

聞こえてますか?アーカイブ 2018年4月12日木曜日 渋谷JZブラット ザ・ヒットパレーズLIVE記念♪ 【Jazz drummer】2

聞こえてますか?
昨日の続き…。
あの頃の僕は、二十五歳。
このメジャーの世界に
飛び込んだばかりの
新人でありました。

2017年 東京目黒。
十数年振りにおこなった
僕の単独Liveに
彼の姿はありました。
観終わった彼は、
自身のビッグバンド
「ザ・ヒットパレーズ」の
ゲストとして歌わないか?と
声をかけてくれました。
興奮を隠しきれません。
何より彼ともう一度
同じステージに立てることを
嬉しく思うのでした。

「おもろいな〜」
歌舞伎町時代の仲間
関西弁の元バンマス
(Band master)も
加わり打ち上げの席に
花が咲きます。
それはもうあの日の
同窓会のようでありました。
Jazz drummerとの出会いも
その陽気な関西弁のバンマスが
居たからに他なりません。
「やっぱり音楽はええなぁ〜」
異なる職種で生業を得ている
元バンマスの言葉は、
懐かしさと何処か遠い憧れの
ようなものを滲ませていました。

Live打ち上げならぬ
歌舞伎町時代の同窓会は、
明け方まで続きます。
やはりBandmanは、
どこまで行っても「酒」で
ありました。

2017年 10月2日。
Bandmasterでもある彼の
「ザ・ヒットパレーズ」は
昭和の名曲を演奏する
ビッグバンドであり
表現するそれは、
素晴らしいものでした。
笠置シヅ子の♪東京ブギウギ
渋谷の夜を彩る♪虹色の湖
僕の世代でも馴染みの深い
♪銀河鉄道999
何れも此れも日本を代表する
楽曲の数々でありました…続く。

ザ・ヒットパレーズに感謝して
また、明日。

聞こえてますか?アーカイブ 2018年4月12日木曜日 渋谷JZブラット LIVE記念♪ 「ザ・ヒットパレーズ」 【Jazz drummer】Ⅰ

 

聞こえてますか?
「先に行っているから
後で来いよ」彼はそう言って
メジャーの世界に行きました。

新宿CLUBのバンドマンとして
共に働いていた彼は、
音楽の先輩であり
歌手として駆け出しだった
僕を見守る兄のような
存在でもありました。
情熱的で繊細さを持ち合わせた
彼のdramは、
歌舞伎町の地下にあった
CLUBサブリナを魅了します。
お店の事情で制限された
音のボリューム。
だけれど、
彼が繰り出す音の数々を
抑えつけることなど出来ません。
ひとの心を揺さぶる音色は、
どんな場所であれFree!
なのでした。

彼のメジャーデビューのお祝いで
送り出した歌舞伎町での宴。
寂しさを感じつつも
早くその背中に続きたい…。
そう強く心に誓ったのでした。

それから暫くして
僕も彼と同じ世界で
再会を果たすことになります。
その歌舞伎町の時代から
四年後のことでした…。

1996年 新潟。
♪Lovin’youの楽曲で知られる
横山輝一。
そのツアーメンバーとして
同行していたのが彼でした。
音楽イベントその打ち上げ会場で
僕たちは、再会を果たします。
やっと来たか!と言わんばかりに
彼は喜んでくれました。
会っていない月日など
僕たちには
関係のないことでした。
まだ音楽を続けている。
それだけで充分でありました。

新潟の夜は、
あの日、門出を祝った
歌舞伎町のそれに似ていました。
明け方まで飲み明かしたことを
昨日のことのように
覚えています。

あの頃の僕は、二十五歳。
このメジャーの世界に飛び込んだばかりの
新人でありました…続く。

歌舞伎町に感謝して
また、明日。

畦道とハイヒール 総集編 last 「金髪丸坊主」episode13

聞こえてますか?
昨日の続き…。
順応する天才。
その食に対する飽くなき
探究心だけは、
なんちゃって
漁師の女房の名に恥じぬ
ものでありました。

そんなあなたにもこの戸馳島で
お友達が出来ました。
家族ぐるみの付き合いで
よく宴を開き
家庭用カラオケを
愉しんでいました。
十八番は、銀座の恋の物語。
石原裕次郎と牧村旬子の
二人で歌うそれは、
映画にもなり現在でも
カラオケの定番の
デュエット曲として
愛唱されています。

あなたたちは、見つめ合い
ハモりながら喉を
鳴らしています。
見ているこっちが
恥ずかしくなってしまいます。
けっして上手では
なかったけれど
その歌声は、
飲み会を盛り上げるに
充分なものでした。
何より島の人たちは、
歌が大好きでした。
でも僕は知っています。
「上手なカラオケQ&A」
なる本を読んでいたことを。
あなたなりに
頑張っていたのですね。

最初 戸惑っていた島での暮らし。
日に日に馴染んでゆくあなたを
見るのが好きでした。
誰よりも僕が
嬉しく思っていた事を
あなたは知っていましたか?
メイクも薄く ファッションも
派手でなくなりました。
その代わり髪型だけは、
攻めていましたね!
「金髪丸坊主」
やっぱり、風にはなびきません。
今でこそ珍しくない
そのヘアースタイル。
だけれど、あの当時
そんな髪型にする女性を
僕は知りません。
まるで、生まれたての
お猿さんのように
見えたものです。
流石の父も首を傾げるばかり…。
あなたは、どこまでいっても
あなたでした。

2017年夏。
嫌だったはずの赤いハイヒール。
風になびくことのない
金色の髪の毛。
なんだか愛おしく
素敵に思えてしまいます。

【回想】
天草の玄関口
三角港から渡し舟でゆく島。
みかん畑が連なる山々と
北に広がる有明海。
南には、不知火海を臨む
その島のことを人々は
戸馳島と呼んでいます。
そこに住む人たちは、
長閑な自然と寄り添い
暮らしていました。
そんな島の景観に
逆向するかの如く
船着場までの畦道を
颯爽と闊歩する
ひとりの女性がいました…。

東京の遥か向こう側。
あなたが眠る九州の地を想い
今日もまた、
西の空を見上げています…幕。

真っ赤なハイヒールを履いた
あなたに感謝して
また、明日。

聞こえてますか?アーカイブ 畦道のハイヒール総集編 7 「追憶」episode12

聞こえてますか?
昨日の続き…。
去来する堂々巡りの感情は、
後悔と云う大きな波となって
押し寄せて来ます。
それでも僕は、抗い 溺れながらも
却ってくる筈のない
答えのようなものを
今も探しています。

あなたにまつわるエトセトラ。
仲が良かった四姉妹。
家族みんなで行った
海水浴での一齣…。
何故かあなたはカレーを
拵えて海に出向いたそうですね。
きっと張り切ったんでしよう。
タッパーにまとめたそれを
皆に振る舞います。
だけれど
それを食べた者たちは、
軒並みお腹を
壊していったそうですね。
夏の日射しと温度を
読み間違えたあなた。
海水浴も台無しです。
以前 日記にも触れた
我が家のカレーが缶詰だった
こともこれで頷けます。

こんなこともありました。
島での暮らしも
板につき始めた頃。
僕も二桁の年齢に
達していました。
漁に出た父を待ち岸壁に
佇むあなた。
一見美しい光景に見えるけれど
本当に待っていたのは、
父ではありませんでしたね。
彼が獲ってくる渡り蟹が、
お目当てでありました。
湯がくだけのシンプルな
料理方法で食べるそれに
あなたは目がありません。
とくに卵を持つ牝の渡り蟹が
好物でした。
「あたしは、これさえあれば
なぁ〜んもいらん」
【翻訳】
「私は渡り蟹が一番好き」
実に見事な食べっぷり。
綺麗にペロリと平らげます。

順応する天才。
その食に対する飽くなき
探究心だけは、
なんちゃって
漁師の女房の名に恥じぬ
ものでありました…続く。

いつか帰る いつでも会える
時は流れていたのに

君はマーマレード
オレンジ色の想いで
瞳を閉じたらいつも
君に逢える

僕の声をとどけて 君の空
あの風にのせて ありがとう
歌詞マーマレードendingより

家族に感謝して
また、明日。

 

畦道とハイヒール 総集編 6 「駆け落ち」episode11

聞こえてますか?
昨日の続き…。
確かにあなたは、
こうと決めると梃子でも
動かない節があり
怒ると手がつけられない
雷のような
ひとでもありました。

中学生のあなたは、
何を間違えたか
堅気とは縁遠い男と恋に落ち
卒業を待たずして駆け落ちを断行
全国を転々渡り歩く…などと
冗談まじりに話していましたね。

80年代にお茶の間を
席巻した大映ドラマ
赤いシリーズでも扱わない
コッテコテのその逸話も
満更 嘘ではないようです。
おばあちゃん つまりは、
あなたのお母さんがその時のことを語ってくれました。

当時不良だった父を
よく思っていなかったこと。
決死の想いであなたが
プロポーズされたこと。
それでも追われるような形で
熊本の地を離れ知人の伝手を頼り
神奈川県に一時期
身を寄せていたこと。
そんな逃避行のさなか
僕が生まれたことも…。

言われてみれば、
東京の地下鉄を何故か懐かしく
思う事がありました。
トンネルの明かり取りに
設けられた蛍光灯。
車両の一番前で見ていた
疾走する白い光。
おぼろげな遠い記憶…。
若くして身ごもったあなたは、
どんな思いだったのだろう。
夢もあっただろうに…。
ちゃんと話して来なかった。
会える時に 会ってさえすれば…。

去来する堂々巡りの感情は、
後悔と云う大きな波となって
押し寄せて来ます。
それでも僕は、 抗い 溺れながらも
却ってくる筈のない
答えのようなものを
今も探しています…続く。

歩いていこうよ この街を 街を
歩いていこうよ この道を 道を

愛され生を受けた証
生まれてきたのさ
脆く儚い心でも 愛が溢れてる

明日にマケナイデ
強く涙を噛みしめて
辛い時ほど微笑んで
生きていこう この街を
〜明日にマケナイデ1chorusより

産んでくれたことに感謝して
また、明日。

畦道のハイヒール総集編 5 「誕生」episode9

聞こえてますか?
昨日の続き…。
2014年12月。
あなたを失いアルバムを
整理します。
白いパンタロンに
風になびくことのない
金色の髪の毛。
赤いハイヒールを履いた
あなたから少し離れた
五歳の僕を見つけました。

2017年 東京。
あなたを失って三年が
経とうとしています。
若い頃のあなたは、
どんなひとだったのだろう。
青春時代を紐解きます。

since1948〜2014。
世の中は高度経済成長に沸き
男性はリーゼント
女性はロングスカートと云った
ニュールックが流行し
岡晴夫の「憧れのハワイ航路」
笠置シズ子の「東京ブギウギ」
などの歌謡曲がヒットを
飛ばした時代でもありました。

肥後ノ国 八代。
そんな昭和の彩りの中
四姉妹の次女として
稲穂香る収穫の季節に
あなたは誕生しました。
熊本県 第二の都市八代の街は、
日本三大急流のひとつ
球磨川が分流する
三角地帯北部に
位置していました。
豊富な水に恵まれていたことから
い草の生産に栄え、且つ
その水の流れの先には
不知火海があり
太刀魚の漁場としても
名を馳せる立地の良い
港町でもありました。

四姉妹の中でも一番小柄で
控えめな子だったと云うあなた。
だけれど、目には見えない
強靭な個性と頑固さを
持ったひとだったと
あなたの一つ違いの妹
チコちゃんが
語ってくれました。
「姉妹」episode10

聞こえてますか?
こうも続けてくれました。
よくある姉妹ならではの口喧嘩。
電話でちょっとした口論から
はじまったそうでね。
つい姉であることを忘れ
棘のある物言いになってしまった
妹のチコちゃん。
あなたは、 プツンと
切れてしまったそうですね。
「おっとろし~なんねーあんた !
うちは あんたのねーちゃんばい!
そん 口いん 聞き方は 何ねー!
ちぃ~と敬語で喋りなっせ!」
【通訳】
おっとろし~とは、
熊本地方特有の怒った時の口癖
又は威嚇 喧嘩前の
狼煙のようなもの
以下割愛↓
「私はあなたの姉なのよ
その口の聞き方は何なの
もう少し姉を敬いなさい」
そう言い終わった後
凄い剣幕で電話を
叩き切られたそうです。
その時のことを
笑いながら話してくれました。

確かにあなたは、
こうと決めると梃子でも
動かない節があり
怒ると手がつけられない
雷のような
ひとでもありました…続く。

あなたの誕生に感謝して
また、明日。