汚れなき愛を信じて 49話 「解離」中編

聞こえてますか?
昨日の続き…。
その虚ろな瞳は 、
何をしでかすか分からない
鋭さを隠し持っていて
また同じ分量の悲しみを
混ぜてもいました。
ジキルとハイドは、
誰の心にも存在する。

ジキルとハイドとは…。
ジキルが薬を飲む事によって
性格や容貌までもハイドと云う
人物に変化して行く
二重人格を題材にした
代表的な小説。

悲しい予感は、
何故に形となって
現れるのでしょう。
彼女は、酒に酔ってはいても
限りなく素面でした。
変身しているのは、
むしろ僕の方だったのかも
知れません。

彼女は、はじめて
父親の話に触れました。
咳を切ったように
喋りだしたそれは、
とても切ないものでした。
その瞳に浮かべたものは、
「憎悪」それ以外の何ものでも
なかったのです。

僕は気付いていました。
彼女が求めていたものを…。
そしてそれが、
僕にはどうすることも
出来ないということも…。
分かっていました。
父親の代わりなど
務まる筈の無いことを…。
優しくなろうとすれば
余計に反撥する彼女でしたから…。
それを欲している
彼女の悲しい瞳を
僕はいつの日からか
感じていました。
分かっていたのです。
到底僕なんか
遠く及ばないと云うことも…。
だけどこの関係を
壊したくは無かったし
何より彼女を独りには出来ない…。
だから…僕はっ!

彼女の想いと、その願いを
受け止める事さえ出来ない
僕は無力でした…。

時計の針は朝の5時を指しました。
互いに疲れ果て
罵る言葉にも尽きた頃
彼女は突発的な
最後の行動に出ました。
外に飛び出した
彼女を追いかける僕は、
完全に理性を失って
しまうのでした…続く。

汚れなきものに感謝して
また、明日。

汚れなき愛を信じて 48話 「解離」前編

聞こえてますか?
昨日の続き…。
目を閉じていても
彼女の行動は「気配」で
わかってしまいます。
時計の針は
‪午前3時‬をとっくに回っていて
彼女の足下も覚束ないようです。
僕らは限界を迎えていました。

その身を傷つけることでしか
伝えることの出来ない女と
疑うことでしか
表現出来ない男の心は、
どれだけ
解離しているのでしょう…。
その肌でしか
確かめることの出来ない男と、
その声以外に
信じることのない女の
アイノカタチは、
どれだけ違うのでしょう…。

午前4時○○分。
やはりあの目をしています。
完全に戦闘モードの
その虚ろな瞳は 、
何をしでかすか分からない
鋭さを隠し持っていて
また同じ分量の悲しみを
混ぜてもいました。
ジキルとハイドは
誰の心にも存在する…続く。

そのカタチに感謝して
また、明日。

汚れなき愛を信じて 47話 「気配」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
こうしてひとりの男の
歌を聴きに来るのは、
ひとりの女としての生きざま
彼女の「シルシ」に
他ならないのでした…続く。

午前5時○○分。
それはまさに
狂気の沙汰の行動で
常軌を逸した行為でした。
そして、
余りにも悲しくて愚かなこと。
彼女は、あろうことか
高層階の踊り場
即ち落下防止のアプローチに
よじ登り今まさに
そこから飛び降りようと
しているのでした…。

午前3時…。
鍵を開ける音がしました。
次に鍵を置く音がします。
それから、
リビングまでのアプローチを
歩く音を感じました。
目を閉じていても
彼女の行動は「気配」で
わかってしまいます。
時計の針は、
‪午前3時‬をとっくに回っていて
彼女の足下も覚束ないようです。
僕らは限界を
迎えていました…続く。

その音に感謝して
また、明日。

汚れなき愛を信じて 46話 「ツナガリ」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
その時、音を遮るために
分厚く造られたライブハウスの
大扉が開きました。
暗がりの会場に光がさします。
それは、人のシルエットだけを
僕の目に映しました。
スラリと伸びたその長身は、
どこでだって
目立ってしまいます。
彼女でした。

百草高台の屋根裏の夜の歌が
はじまります…。
諦めかけていた関係は、
まだ「歌の糸」で
繋がっていました。
彼女は一度として
僕の歌への気持を
違えた事などありませんでした。
それは、
誰かの彼氏彼女のような
趣旨のものではなく、
ひとりの女として
Liveに足を運ぶものでした。
そしてそれは、
彼女だけが知る強い信念だったに違いありません。

歌の糸で繋がった
男と女という生きものは、
ピンと張りつめた
目にはみえない「ツナガリ」を
その瞬間 その一音に感じて
生きるものなのかも知れません。
僕は彼女に教えられたのです。
決して外に出られる状態で
無かったにも拘らず
こうしてひとりの男の
歌を聴きに来るのは、
ひとりの女としての生きざま
彼女の「シルシ」に
他ならないのでした…続く。

夏を前にした風
君は大きく吸いこんだ
微笑む君の仕草を こよなく愛した
人を信じるたびに
深く傷ついてきたから
君は誰よりもきっと 人にやさしい

「私は弱くないわ」
「ひとりで生きてゆけるわ」
強がる君の瞳 微かな涙をみたよ

君が愛した男たちに
負けない愛を捧げよう
君がいるだけで 僕は強くなれる
汚れなき愛を信じて
〜1coachより
そのシルシに感謝して
また、明日。

汚れなき愛を信じて 45話 「影」

昨日の続き…。
大事の前の小事。
その目に
泣き腫らした痕を残す女と、
生業とするその声を
枯らした男は、
どちらも愚かでした。

東京は渋谷にある
老舗のライブハウスTAKE OFF 7。
今日は来ないだろう…。
本番前のリハーサルあとに
僕はそんなことを
思っていました。
1990年初頭の時代
気軽に相手の様子を
伺うことの出来る
メールや携帯電話など
ありません。
手前勝手な気持ちで
推し量る事でしか
僕らには術がありませんでした。

Liveがはじまりました。
彼女の姿はないようです。
このまま終わってしまうのかな。
僕はいよいよ、
そう感じていました。
肝入りで準備を重ねた
ワンマンLive。
出会ったばかりの頃、
新宿アルタ前の路上で歌っていた
ことが思い出されます。
彼女に見て欲しいな…。
ずっと運営に携わって来ていたし
お客様がまだ疎らだったのを
誰よりも近くで
見ていたひとだから…。
満員になったこの会場を見たら
喜んでくれるに違いない。
僕は強く願いました。

演奏も終盤にさしかかり
最後の曲のイントロが流れた
その時、音を遮るために
分厚く造られたライブハウスの
大扉が開きました。
暗がりの会場に光がさします。
それは、人のシルエットだけを
僕の目に映しました。
スラリと伸びたその長身は、
どこでだって
目立ってしまいます。
彼女でした…続く。

その影に感謝して
また、明日。

汚れなき愛を信じて 44話 「恋人たちの事情」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
だけれど僕らは、
そんな時に限って
喧嘩をしてしまうようです。
大事なイベントを明日に控えた
夜のことでした。

出会った頃の喧嘩と
三年目を迎える男と女たちの
言い争いは、その内容の種類にも
違いがあるようです。
一対一の立会い…即ち
甘酸っぱいものなど
入り込む余地のない
真剣での斬り合いの体を
擁したものでした。
「間合い」を間違えれば、
その関係は一瞬で
終わってしまいます。
二人に限っていえば、
恋愛の死を意味しています。

誰もが経験するであろう
恋人たちの事情…。
一年目のそれと三年目のそれ。
その先にあるものは
七年目のそれ。そして…。
樹木の年輪を重ねるように
男と女の関係も
歴史を刻むのかも知れません。

前夜からの二人の喧嘩は、
明け方まで続きます。
それでもおさまりの
付く気配がありません。
楽屋入りの時間が
近づいた僕は、
後ろ髪を引かれる思いで
彼女を後にするのです。
大事の前の小事。
その目に
泣き腫らした痕を残す女と、
生業とするその声を
枯らした男は、
どちらも愚かでした…続く。

ひとに感謝して
また、明日。

汚れなき愛を信じて 43話 「シルシ」

聞こえてますか?
去年の続き…。
除夜の鐘が点けっ放しのTVから
聞こえて来ます。
彼女の大晦日料理はとても
美味しいく久しぶりに
あの百草高台 屋根裏の夜を
思い出させてくれました。
勝手に作りあげた虚勢という鎧。
僕はそれをその年越しと共に
脱ぎ捨てるのでした。

ひとりの男として
通すものがあります。
二十七年経った楽曲を
今なお歌い続けるのは、
あの頃の気持ちを
大切にしたいからです。
どんなに若く
未熟であったとしても
それは、偽りのない
正直で素直なものでした。
「汚れなき愛を信じて」は、
決して色褪せることのない
僕の「シルシ」なのです。
そう思わせてくれたのは、
他ならぬ彼女でした。
それは、こんな出来事が
あったからです…。

あの頃の僕らは、
度重なる喧嘩の中で
離れたり戻ったりを
繰り返してながらも
三度目の夏を迎えていました。
自身のバンドも
ワンマンライブ(貸し切り)を控え
そのリハーサルに
没頭していた時期でありました。
だけれど僕らは、
そんな時に限って
喧嘩をしてしまうようです。
大事なイベントを明日に控えた
夜のことでした…続く。

三度目の夏に感謝して
また、明日。

聞こえてますか?アーカイブ カサゴ 総集編

聞こえてますか?
小さい頃、
嫌々父親に駆り出され
魯を漕がされては
釣りをしたものです。
本当は、友達と野球や缶蹴りが
やりたかったのに…。
だけれど、可笑しなことに
今こうして思い出すのは
潮の香りと釣りのこと…。

今日はカサゴを釣りに舟をだす
3号の針と鉛とサルカン
気の合う仲間と
手釣りでフィシング
歌詞 カサゴ2017より

聞こえてますか?
今日は熊本同窓会LIVEの話。
打ち上げで女子がいいました。
「中谷君 カサゴは唐揚げばい」
中学時代が蘇ります。

1985年
学校の行事でキャンプに行った
天草の無人島。
少し大人びた彼女は、
とても気遣いの出来る人でした。
まだ子供だった僕達を横目に
テキパキとテントを張り
段取り良く晩めしの
カレーを作る。
キャンプ・ファイヤーで
僕達がから騒ぎしても
塩梅よく合わせてくれます。

2016年
そして今、同窓会で
ふざける僕達をいなしながら
料理や飲み物を運ぶ彼女は、
立派なお母さんに
なっていました。
ばってんね!

やっぱカサゴは煮付けが一番
カサゴ釣るときゃ有明海へ
がらかぶ がらかぶ がらかぶ
歌詞 カサゴ 2017より

故郷に感謝して
また、明日。

聞こえてますか?アーカイブ 「渡し舟 」総集編

聞こえてますか?
「海に落ちた男」
中学に上がったばかりの僕は、
そう呼ばれていました。
市町村の卒業生が集まる
その中学校は、
宇土半島の三角と云う
港町に在りました。
渡し舟を利用するのは、
島の者だけで登校中
海に落ちたのは
僕が始めてでした。

箱舟とも呼ばるそれが、
ゆっくりとバック。
これに乗らなければ遅刻。
既に助走を
つけているから大丈夫。
跳べる!
僕は直感しました。
少し大きめの学ランを身に纏い、
真新しい肩掛け鞄を抱え、
利き足に渾身の力を込めて
ジャンプ…。

海の中はキラキラしていました。
太陽の光が、港町である
この海の底にも届くのだと
感心するくらいです。
しかし何故に落ちたのでしょう…。
海中でも幾らか
冷静だった僕は考えます。
渡し舟の舳先に乗った感覚は
確かにこの左足が
知っています。
「届いていたのになぁ」などと
思いながら平泳ぎで
上がろうとするのですが、
何か勝手が違います。
重いのです…。
教科書を詰め込んだ肩掛け鞄。
「あぁ〜」
船長は、海上に頭を出した
僕を認めると笑いながら船首を
三角港へと向けました。
僕は、プカプカと浮いた
帽子を掴み
陸(おか)に向かって泳ぐのでした。

僕がその後どうなったのか、
あなたが一番知っていますね。
長い一日の始まりです。
着替えを済ませた僕は、
学校に向かいます。
既に担任の先生から
クラスメートに
報告があったらしく…。
いいえ、報告する迄も無く
朝一番で噂になっていたと
思われ…。
二時限目から合流した僕を
皆がクスクスと笑います。
無かった事にして
知らぬ顔を決め込んでも
濡れた教科書とノートは
正直です。
給食前には薄っすらと、
塩が吹き始めます。
昼休みになれば学年関係無く、
海に落ちた男を
見にやって来ます。

小柄な僕が、鞄の重さを
計算に入れていなかった報い…。
熊本地方の方言で
程度を知らない人の事を
「勘無し」と云うそうです。
後に僕は、その称号を
与えられる事となります。
確かにあの時、
渡し舟の舳先を捉えていたのに!

僕の社会と国語の教科書は、
一年間
カッピカッピのカッパカパ。
二年生になる頃には、
海に落ちたことなんて
どうでも良くなっていました。

渡し舟に感謝して
また、明日。

聞こえてますか?アーカイブ 「カレーライス 」総集編

聞こえてますか?
「我が家のカレーが一番」
よく耳にするフレーズ。
僕の家でもそうでした。
家庭の味と云うよりは、
手の込んだレストランで
出されるものに似ていました。

小さい頃から
どうしてこんな味がだせるのか
訊きだそうとするのだけれど、
あなたは当時CMで流行りの
「愛情〜」などと言いながら
いつも煙に巻いていましたね。
玉ねぎにじゃが芋と豚バラ肉…。
これといって
他の家と変わりのない
ありふれた具材。
だけどその味は、ボンカレーや
バーモントカレーと云った
老舗の市販されている物とは
一線を画した自慢の
カレーライスでした。
その時が来るまでは…。

それは、
僕が中学を卒業し
親元を離れ熊本市内で下宿生活を
送っていた頃の話。
夏祭りで帰省した僕は、
久々に我が家のカレーが
食べたくて
リクエストをしました。
そして美味しくいただきます。
しかし、
あなたは間違いを犯しました。
後片付けを
忘れてしまいましたね…。
急いで作ったんでしょう。
いつもと段取りも
違ったんですよね。
その証拠が、
台所に残されていました…。
缶詰だったんですね。
業務用とも書かれてあります。
あなたは、笑いながら
「ばれちゃったね〜」と一言。

物心がついてから此処まで、
よくぞ隠し通したと
感心するくらいであります。
今となっては、その缶詰の
銘柄も解らないけれど
あの懐かしいカレーライスを
無性に食べたくなる
今日この頃です。

懐かしい味に感謝して
また、明日。