for you…autumn 50話「そして、黄昏…」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
ちらほらと降りだした雨が
足元の階段に小さな波紋を作り
風に吹かれたそれが、
冷たく頬を伝うのです。
長い冬が、もうそこまで
来ているのでした。

江戸川のほとり。
川面に映る日差しは、
金と銀の折り紙を
散りばめたように
キラキラと輝いていました。

その日僕は、午前中から
レコード会社に持ち込むための
楽曲をカセットテープに
吹き込む作業に
あたっていました。
アナログとデジタルが
交差する90年時代 。
市販のCDラジカセで
カセットテープに変換する
単純作業。だけれど、
一曲五分弱としても
二曲1セットとするならば
それなりの根気と手間を
必要とします。
僕は、それを100個
揃えようとしていました。
でも、決して苦では
ありませんでした。
何かに没頭する時間を
欲していたのかも知れません。

そして、黄昏…。
川辺に建つ家の前で
ひとりの訪問者が
緑色のドアのベルを
鳴らしました。
僕は、作業を中断して
玄関に向かいそのドアを
開けるのです。

この季節特有の浅い日差しは、
役割を終えて西の彼方に
落ちかけていました。
そのやわらかな逆光の中に
Mの姿がありました。
その胸に買い物袋を抱えて…。
あの、命がけの階段から
一週間が過ぎて
いました…最終話へと続く。

その光と影に感謝して
また、明日。

for you…autumn 49話「恋のゆくへ」

for you…autumn
49話「恋のゆくへ」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
だけど、これもおとしまえ…。
付き合って貰います。
僕は動じることもなく
かすみ草に忍ばせたCDの
プラケースを指差して一言
「聴いて欲しい」と
伝えるのです。
悲しいことにそれは、
彼女の細かい表情や
目の動きまでも
鮮明に映すし出すのです。
Mは、決して
喜んではいませんでした。

彼女は手に持ったものを
勘定場の裏 目隠しに貼った
布切れの中へそれを押し込み
カウンターが伸びる奥へと
足早に去って行きました。
この舞台から逃げ出すように…。
一度も振り向くこともなく…。
そして
スローモーションのような
この一連の流れが
Mが舞台袖に消えたのと同時に
動き出すのでした。

彼女の残像を認めた僕は、
それを噛み締めるように
この店の階段を降りるのです。
先ほどの余興は
なかったかのように
テラス席の恋人たちが、
頭に手を当てて
中へと逃げ込みはじめました。

ちらほらと降りだした雨が
足元の階段に小さな波紋を作り
風に吹かれたそれが、
冷たく頬を伝うのです。
長い冬が、もうそこまで
来ているのでした…続く。

この恋に感謝して
また、明日。

for you…autumn 48話「ZEST再び…」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
死をも恐れない行動と
燃え尽きても構わない覚悟の
恋はとても似ている…。
僕は2度目の命がけの階段を
のぼるのでした。

テラス席に寄り添う
恋人たちは、夜風にあたりながら
テーブルの上に彩られた
料理とお酒を愉しんでいました。
花束に忍ばせたCDを
今一度確認した僕は、
その脇を通り店内に入るのです。
そして、オーダをとる
Mの姿を認めました。
一呼吸を置いた刹那
僕の視界は、動くもの全てを
スローモーションに代えて
踏み出した一歩が
スターターとなり
この舞台の幕を上げるのでした。

【回想】
中にお邪魔すれば…
吹き抜けの大開口。
見下ろすように建てられた
凹型の二階は広く
この店内を一望出来る
場所であり吊り下げられた
スプリンクラーは優雅に
ゆっくりと廻っておりました。
階段を上った入り口の
右手には、テラス席があり
夜風を愉しむのに
もってこいの酒飲み場で
中心部の大広場のそこは、
オーケストラの楽団が演奏する
オペラ劇場のような
雰囲気すら醸し出しております。
6話 「三宿ZEST」後編より

「もう やめて」と
言いたげな素振りで
Mは花束を受け取りました。
オペラ劇場の舞台のような
メキシコ料理店。
凹型をした二階席の客は
覗き込むように…。
テラス席の恋人たちは、
振り向きながら…。
楽団の演奏場みたいな
大広場では拍手する人も…。
一種テーマパークのような
この店の全てのひとが
観客でありました。
冷やかすようなテンション…
微笑みを浮かべる眼差し…
様々な視線がMに
投げられるのです。
彼女にはそれが
耐えらないようでした。
いつもの笑顔は見られません。

だけど、これも「おとしまえ」
付き合って貰います。
僕は動じることなく
かすみ草に忍ばせたCDの
プラケースを指差して一言
「聴いて欲しい」と
伝えたのです。

僕には、全てが見えていました。
悲しいことにそれは、
彼女の細かい表情や
目の動きまでも
鮮明に映すし出すのです。
Mは、決して喜んでは
いませんでした…続く。

この舞台に感謝して
また、明日。

for you…autumn 47話「命がけの階段」後編

聞こえてますか?
昨日の続き…。
そんな折 熊本市内は
水前寺公園裏の下宿屋で
謹慎を余儀なくされた僕は、
停学中にも関わらず
ある事情に
胸を痛めていました…。
それは、
互いの誤解が招いた
裏社会のプロとの決闘。
その原因は「女」でした。

誰もが経験するであろう
恋愛による人間関係の縺れ…。
即ち 三角関係の端と端に男がいて
その頂点に結び目の
女が君臨する。
男とは、いつだって
惚れた女に翻弄される
生き物なのかも知れません…。
ただ一般的でないとしたら
その相手が、堅気ではない
と言うことでした。

死ぬつもりで事にあたることを
「決死の思い」だとか
「背水の陣で望む」などと
云うそうです。
僕は、一度だけそんな経験を
したことがあります。
たいして腕に覚えが
ある訳でもないのに、相手が
誰であろうとお構い無しでした。
連れ(仲間)からも
言われるように何かの
きっかけで頭のネジが外れ
行動に見境が
付かなくなるようです。
熊本地方ではそれを
「勘無し→カンナシ」そう
呼んでいました。

そんなまわりの思いをよそに
当の本人は至って冷静でした。
生まれてはじめて
色々なものが
俯瞰で見える現象。
それは「無」に似た感覚…。
今を持ってしても
鮮明に回想する事が出来ます。

当時 我らの溜まり場であった
熊本競輪場 裏通りの喫茶スナック
『北緯三十七度五十分』に
心配して遠方から
駆けつけた連れたちの面々…。
止める仲間を制して
決闘場所である熊大前の
デイリーストアー駐車場へ…。
熊本市内の大動脈
東バイパスから自前の単車で
向かった国道3号線…。
死を覚悟して望む
「恋の闘い」は、ドスを喉元に
突き付けられても
怯まないものでした。
その事件は波紋を呼び
互いの家紋の長が出張る事により
漸く幕引きとなるのでした…。

死をも恐れない行動と
燃え尽きても構わない覚悟の
恋はとても似ている…。
僕は2度目の「命がけの階段」を
のぼるのでした…続く。

最後の昭和に感謝して
また、明日。

for you…autumn 46話「命がけの階段」前編

聞こえてますか?
昨日の続き…。
Mとの連絡が途絶えて
ひと月が経とうとしていました。
僕は、池尻大橋の
レコーディングスタジオで
録り終えたばかりのCDを持って
再び会いに来ました。
「この恋のおとしまえ」を
つけるために…。

死をも恐れない行動と
燃え尽きても構わない
覚悟の恋はとても似ている…。

Mが働くメキシコ料理店の
階段をのぼる心境と
あの日が重なりました。
あなたが唯一
肝を冷やしたというあの事件。
人生最大のピンチであった
ある男との果し合い。

昭和の名が
平成に変わる前の年…。
その時の僕は、
日頃の素行の悪さから停学となり
校則と云う名の懲罰で
折角蓄えたコンコルドのような
とんがり頭のリーゼントは
短く刈り上げられ
丸坊主となっていました。

そんな折 熊本市内は
水前寺公園裏の下宿屋で
謹慎を余儀なくされた僕は、
停学中にも関わらず
ある事情に
胸を痛めていました…。
それは、
互いの誤解が招いた
裏社会のプロとの決闘。
その原因は「女」でした…続く。

あの出来事に感謝して
また、明日。

for you…autumn 45話「この恋のおとしまえ」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
その風が夜に紛れ
この部屋の温度を変えても…。
やがてそれが空に還り
新しい明日を連れて来ても…。
そして、白と黒の五線譜に
光と影を落とす時…。
「for you…」を書き終えた僕は、
そのまま うつらうつらと
眠りにつくのです。
目覚めた僕が最初に思ったのは
「彼女は今どうしているだろう…」
ただ、それだけでした。

日の入りのはやい秋の夜長。
その手に抱えきれないほどの
花束を抱え
メキシコ料理店の前に立つ
ひとりの男がいました。
そこに、髪を三つ編みに束ねた
アフリカーナの姿はありません。
身なりを整えた
「歌うたい」がひとり。
燃え尽きる覚悟で望む
最後の告白.…。

Mとの連絡が途絶えて
ひと月が経とうとしていました。
僕は、池尻大橋の
レコーディング・スタジオで
録り終えたばかりのCDを持って
再び会いに来ました。
「この恋のおとしまえ」を
つけるために…続く。

音楽に感謝して
また、明日。

for you…autumn 44話「光と影を落とす時」

for you…autumn
44話「光と影を落とす時」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
それは、
燃え尽きてもかまわない…
最後にこの想いを歌にして
Mにぶつけたい…。
等身大の自分になって
彼女に伝えたい。
そんな感情から来る
僕なりの決意
「おとしまえ」で
あったのです。
決してラジカセでは
聴くことの出来ない
音符のないメロディー…。
それをも越える愛の歌を
僕は、書きはじめました…。

東京は江戸川のほとり。
緑色のドアが象徴的な
テラスハウス。
その川辺の家で
書き綴る彼女への想い…。
ありのままの
気持ちを伝える…。
それだけをこの曲に込めて。

たとえ君が
ほかの誰か愛しても
好きだから
この気持ち大切にしたい
傷ついても
後悔をするくらいなら
心には あるがまま
生きていたいよ for you…

開け放たれた窓のカーテンが
夕暮れの風に揺れて
秋の訪れを知らせてくれました。
板張りの部屋に篭る僕は、
ただひたすら書き進めるのです。

聞かせてくれ
君の肌に触れた日の
ぬくもりと やさしさと
愛おしい言葉を
抱きしめたい
誰かを忘れるためでも
その想い いつの日か
背負いきれるように for you…

その風が夜に紛れ
この部屋の温度を変えても…。
やがてそれが空に還り
新しい明日を連れて来ても…。
そして、白と黒の五線譜に
光と影を落とす時…。
「for you…」を書き終えた僕は、
そのままうつらうつらと
眠りにつくのでした。

【回想】
眠りから目覚めて
一番に想い浮かぶ顔は
その人にとって
一番大切なひと…。
25話「眠りから目覚めて」より

目覚めた僕が最初に思ったのは
「彼女は今どうしているだろう…」
ただ、それだけでした…続く。

その風に感謝して
また、明日。

for you…autumn 43話「回帰」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
決してラジカセでは
聴くことの出来ない旋律…。
Mとそして、
あの人…だけが奏でる
音符のないメロディー。
恋焦がれ者達だけに漂う哀愁に
僕は強烈な嫉妬を覚えたのです。
それはきっと、
僕など遠く及ばない愛の歌に
違いないのでした。

夏の終わり…。
雲の流れを変えたその風に
秋の気配を感じました。

季節の移り変わりと共に
我ら軍団の集まりも
次第になくなって行きました。
あの巨漢に図太い声の
持ち主であるモヒカンの彼は、
田舎である鹿児島に帰省して…。
スキンヘッドの男は、
Hard Rockの世界へと戻り…。
ダンサーである
ドレッド筋肉マンは、
結婚し新たな船出を…。
もう一人の踊り子
2ブロックちょんまげ頭は、
さらなる飛躍のために海外へと…。
それぞれが選択し
ある者はあるべき姿に戻り…
そしてある者は旅立ち…
自らの道を
歩みはじめていました。

そして僕は…。
三つ編みにした髪を下ろし
身に付けていた衣装を
脱ぎ捨てました。
もうそこに、アフリカーナの
姿はありません。
それは、燃え尽きても
かまわない…
最後にこの想いを歌にして
Mにぶつけたい。
等身大の自分になって
彼女に伝えたい。
そんな感情から来る
僕なりのおとしまえ…
決意の表れであったのです。

決してラジカセでは
聴くことの出来ない
音符のないメロディー…。
それをも越える愛の歌を
僕は、書きはじめました…続く。

その風に感謝して
また、明日。

for you…autumn 42話「音符のないメロディー」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
夜の雨は、湿度を変えながら
フロントガラスを白くして
不規則に落ちて行きました。
この静寂に雨音だけを響かせて…。

気づいていたのかも
知れません。
こうなることを…。
彼女の眼差しは、
僕の手には届かない
遠くの何かを
見ているようでしたから…。

【回想1】
お台場ドライブを愉しんだ後…。
どちらからとも無く切り出した
これから…。
いつもより何処と無く
はしゃいでいる様子だったMも
もうひとつの橋を渡る時には、
沈黙を守っていました。
東京湾岸道路 国道357号線。
その荒川河口橋から見える
葛西臨海公園の観覧車。
雨に煙るその灯りを眺めながら…。
31話「夏の夜の夢」後編より

分かった気でいたMのこと。
僕は、女が持つ
もうひとつの顔を
見ていなかったようです。

【回想2】
彼が、二本目のワインを
開けました。
今夜のMは、酒の量が少し
過ぎるようです。
赤い葡萄酒に新しいグラス。
ワイングラスを挟む彼の指に
彼女の視線が注がれました…。
35話「六本木セレナーデ」
中編より

お嬢様育ちとはいえ
ひとりの女…。
白か黒かの男たちの
シンプルな世界とは異なり
女には、計り知れない
複雑なものを心に忍ばせて
いるようです。
時と場合によってそれは、
鋭利な刃物に姿を変えて
心の臓をひと突きにも
するのです。

女とは、
その懐に隠し持つ凶器で
愛ゆえに 男を歓ばせもし
愛ゆえに 殺すことも厭わない
生き物なのかも知れません…。

決してラジカセでは
聴くことの出来ない旋律…。
Mとそして、 あの人…だけが
奏でる音符のないメロディー。
恋焦がれた者達だけに
漂う哀愁に僕は強烈な
嫉妬を覚えたのです。
それはきっと、
僕など遠く及ばない愛の歌に
違いないのでした…続く。

愛の歌に感謝して
また、明日。

for you…summer
41話「この静寂に
雨音だけを響かせて」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
雨色の夜は、まるで
匿うかのような優しさで
彼女の横顔に
影を落としているのでした。

Mの声は、言葉の玉となり
水面に零れ落ちる雨粒のように
ポトン ポトンと僕の心に
波紋を拡げて行きました。
ひとつひとつを
確かめるように…悼むように…
そして彼女が
最後に紡いだそれは、
「あなたは嫌いじゃないけれど
きっと好きにはなれない」

【回想】
まだ、
乾き切れていない髪の毛と
目を閉じたままのMは
丸まった子猫の体勢で
僕の腕の中に小さく
収まっています。
本当に眠っているのかも
知れません。
雨の匂いを含んだ夏の夜…。
僕はもう一度
彼女をきつく抱きしめるのです。
夢じゃないことを
確かめるように…。
31話「夏の夜の夢 後編」より

夜の雨は、湿度を変えながら
フロントガラスを白くして
不規則に落ちてゆきました。
この静寂に雨音だけを響かせて…
最終章autumnへと…続く。

雨音に感謝して
また、明日。