汚れなき愛を信じて 53話 「それから」前編

聞こえてますか?
昨日の続き…。
切れてしまいそうな「歌の糸」を
僕らはただ見ているに
過ぎませんでした。
その絡み合うように捻れた糸が、
くるくると回りながら
その糸が痩せてゆく様を…。
途切れそうな「ツナガリ」に
僕らは、目を閉じました。
ひらひらとその手の平から
溢れ落ちてゆくのを感じながら…。
あの百草高台の屋根裏の夜から
三年が過ぎた頃
僕と彼女と、1995年の夏が
終わりました。

2017年 12月 東京。
師走の錦糸町は、クリスマスを
待ち侘びるかのように
人も街もキラキラと
輝いていました。
僕は懐かしさのあまりに
その歩幅を緩めるのです。
あの頃の面影を残すもの…。
はじめて待ち合わせをした
丸井デパート前の京葉道路。
僕はその脇を通りこの街きっての歓楽街へと進みました。

【回想】
最初の待ち合わせ場所は、
錦糸町駅前にある
丸井のデパート前でした。
夜も深い時間だけあって
車の往来も疎らな京葉通りは、
容易に駐停車出来る
空き具合でした。
だけれど、彼女はもう既に
来ているようです。
スラリと伸びたその長身は、
夜にだって目立ってしまいます。
それから僕らは、
おそらく東京で一番
綺麗な夜景が見える場所へと
車を走らせるのでした…。
4話「クリームシチュー」より

変わってしまったもの…。
以前専属ボーカリストとして
働いていたGS-CLUBの看板は、
違う飲食店に様変わりしており
箱バンで賑わいを見せていた
あの頃の高級倶楽部も
息を潜めているようです。
僕はミニストップと書かれた
屋号のコンビニエンスストアーを
右へと曲がり
ある店の前で足を止めました。

この街には、
けっして変わらない人がいます。
あの長い黒髪と
魅力的な瞳を持つひと。
そのスラリと伸びた長身は、
どこでだって
目立ってしまいます。
彼女でした…続く。

12月のこの街に感謝して
また、明日。

汚れなき愛を信じて 52話 「彼女から笑顔が消えた日」後編

聞こえてますか?
昨日の続き…。
同じものを見ていたはずなのに
どうして僕らは、
すれ違ってしまうのでしょう…。
それを知り得るには、
彼女はまだ若く
そして、僕はより子供でした。

それでも
諦めることさえも恐れた
未熟な僕らは、
続けていく理由を探し
裏切られ …。
抗う他に術を知らない
愚かな僕らは、
小さな光のようなものを
あたかも作り出すかのように
そのまぼろしを探すのでした。
だけれど、その度に
この先に何も無いと
思い知らされるのです。
そして、
そのまぼろしを見出すことは
最後まで叶いませんでした。

【回想】
甲斐性もなく
根拠のない自信しか
持ち合わせていない男と
その声が好きだという女を
繋ぐものがあるとするならば、
それは「歌の糸」に
違いないのでした。
11話「歌の糸」より

切れてしまいそうな「歌の糸」を
僕らはただ見ているに
過ぎませんでした。
その絡み合うように捻れた糸が、
くるくると回りながら
痩せてゆく様を…。
途切れそうな「ツナガリ」に
僕らは、目を閉じました。
ひらひらとその手の平から
溢れ落ちてゆくのを感じながら…。
あの百草高台 屋根裏の夜から
三年が過ぎた頃
僕と彼女と、1995年の
夏が終わりました…続く。

彼女の笑顔に感謝して
また、明日。

汚れなき愛を信じて 51話 「彼女から笑顔が消えた日」前編

昨日の続き…。
今 僕の胸に抱かれたひとは、
傷ついたひとりの幼い子どもで
父親の手の温もりを知らない
可哀な少女であったのでした。

もう彼女は、船堀橋の上で
車の窓を開けたりは
しませんでした。
吹き抜けるはずのその風は
途絶えてしまいました。
彼女から笑顔が消えました…。

心の中にしまって置いたものを
洗いざらい打ちあけた彼女は、
そんな自分が
許せないようでした。
それこそが、彼女を支えていた
強さ源泉(みなもと)で
あったからなのかも知れません。

【回想1】
父親の話は、
したがりませんでした。
僕もそれにさわることを
しなかったし
聞くつもりもありませんでした。
だけれど、
彼女は一度だけ
それに触れたことがあります。
咳を切ったように
話しだしたそれは、
今よりずっと先のことでした…。
12話「過去」より

【回想2】
悲しい瞳に隠され謎…。
彼女の瞳は、僕の腕を縛り
その声は、
僕に足枷を嵌めました。
僕は諦めにも似た気持ちで
その入り口の鍵を手にしました。
そして、嘲笑うかのように
差し出された台帳に
執着という烙印を押すのでした…。
28話「足枷と烙印」より

【回想3】
その頃の僕はと云うと
完全に自分を見失い
彼女との接し方にも変化が
起こりはじめていました。
足が地面に着いていない
感覚に囚われ
歩く時の腕の振り具合さえ
とても不自然で
ぎこちないものでした。
まるで重たい鎧を
身に付けているかのように…。
39話「船堀橋大渋滞 中編 」より

無茶なことだとわかっていても
僕は彼女の願いを
追い続けました。
「虚勢」という鎧を身に纏い
鼻っからありはしない抱擁力を
あたかも備えているかのように…。
いつの日からか
僕も同じように彼女の父親の影を
探していたのです。
代わりなど務まりはしないのに…。
同じものを見ていたはずなのに
どうして僕らは、
すれ違ってしまうのでしょう…。
それを知り得るには、
彼女はまだ若く
そして僕はより子供でした…続く。

若き日に感謝して
また、明日。

汚れなき愛を信じて 50話 「解離」後編

聞こえてますか?
昨日の続き…。
互いに疲れ果て
罵る言葉にも尽きた頃
彼女は突発的な
最後の行動にでました。
外に飛び出した彼女を
追いかける僕は、完全に理性を
失ってしまうのでした。

午前5時○○分。
それはまさに
狂気の沙汰の行動で
常軌を逸した行為でした。
余りにも悲しくて愚かなこと…。
裸足のままの彼女は、
マンションに設けられた
落下防止防止のフェンス
つまりは、
アプローチのためのベランダに
そのスラリと伸びた片足をかけて
今まさに高層階から
飛び降りようとしているのです。
僕は彼女を掴みそしてはじめて、
彼女に手を挙げてしまいました…。

その身を傷つけることでしか
伝えることの出来ない女と
疑うことでしか
表現出来ない男の心は、
どれだけ
解離しているのでしょう…。
その肌でしか
確かめることの出来ない男と、
その声以外に
信じることのない女の
アイノカタチは、
どれだけ違うのでしょう…。
愚かな行動で得るものなど
何一つないものを…。

僕は間違っていました。
そこで蹲っている人は、
決して大人の女性などでは
ありませんでした。
母親に大事にされながらも
唯一叶わなかった父親からの愛…。
時折姿を見せる
あの奇妙な行動も
彼女の瞳に浮かぶその悲しみも
総べては、
そこから来るものでした。
甘えることを
知らずに来た彼女は、
父親の遅い帰りを待つかのように
震えていました。
ただひたすら
父親の影を追いかけながら…。

今 僕の胸に抱かれたひとは、
傷ついたひとりの幼い子どもで
父親の手の温もりを知らない
可哀な少女で
あったのでした…続く。

この可哀な少女に感謝して
また、明日。

汚れなき愛を信じて 49話 「解離」中編

聞こえてますか?
昨日の続き…。
その虚ろな瞳は 、
何をしでかすか分からない
鋭さを隠し持っていて
また同じ分量の悲しみを
混ぜてもいました。
ジキルとハイドは、
誰の心にも存在する。

ジキルとハイドとは…。
ジキルが薬を飲む事によって
性格や容貌までもハイドと云う
人物に変化して行く
二重人格を題材にした
代表的な小説。

悲しい予感は、
何故に形となって
現れるのでしょう。
彼女は、酒に酔ってはいても
限りなく素面でした。
変身しているのは、
むしろ僕の方だったのかも
知れません。

彼女は、はじめて
父親の話に触れました。
咳を切ったように
喋りだしたそれは、
とても切ないものでした。
その瞳に浮かべたものは、
「憎悪」それ以外の何ものでも
なかったのです。

僕は気付いていました。
彼女が求めていたものを…。
そしてそれが、
僕にはどうすることも
出来ないということも…。
分かっていました。
父親の代わりなど
務まる筈の無いことを…。
優しくなろうとすれば
余計に反撥する彼女でしたから…。
それを欲している
彼女の悲しい瞳を
僕はいつの日からか
感じていました。
分かっていたのです。
到底僕なんか
遠く及ばないと云うことも…。
だけどこの関係を
壊したくは無かったし
何より彼女を独りには出来ない…。
だから…僕はっ!

彼女の想いと、その願いを
受け止める事さえ出来ない
僕は無力でした…。

時計の針は朝の5時を指しました。
互いに疲れ果て
罵る言葉にも尽きた頃
彼女は突発的な
最後の行動に出ました。
外に飛び出した
彼女を追いかける僕は、
完全に理性を失って
しまうのでした…続く。

汚れなきものに感謝して
また、明日。

汚れなき愛を信じて 48話 「解離」前編

聞こえてますか?
昨日の続き…。
目を閉じていても
彼女の行動は「気配」で
わかってしまいます。
時計の針は
‪午前3時‬をとっくに回っていて
彼女の足下も覚束ないようです。
僕らは限界を迎えていました。

その身を傷つけることでしか
伝えることの出来ない女と
疑うことでしか
表現出来ない男の心は、
どれだけ
解離しているのでしょう…。
その肌でしか
確かめることの出来ない男と、
その声以外に
信じることのない女の
アイノカタチは、
どれだけ違うのでしょう…。

午前4時○○分。
やはりあの目をしています。
完全に戦闘モードの
その虚ろな瞳は 、
何をしでかすか分からない
鋭さを隠し持っていて
また同じ分量の悲しみを
混ぜてもいました。
ジキルとハイドは
誰の心にも存在する…続く。

そのカタチに感謝して
また、明日。

汚れなき愛を信じて 47話 「気配」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
こうしてひとりの男の
歌を聴きに来るのは、
ひとりの女としての生きざま
彼女の「シルシ」に
他ならないのでした…続く。

午前5時○○分。
それはまさに
狂気の沙汰の行動で
常軌を逸した行為でした。
そして、
余りにも悲しくて愚かなこと。
彼女は、あろうことか
高層階の踊り場
即ち落下防止のアプローチに
よじ登り今まさに
そこから飛び降りようと
しているのでした…。

午前3時…。
鍵を開ける音がしました。
次に鍵を置く音がします。
それから、
リビングまでのアプローチを
歩く音を感じました。
目を閉じていても
彼女の行動は「気配」で
わかってしまいます。
時計の針は、
‪午前3時‬をとっくに回っていて
彼女の足下も覚束ないようです。
僕らは限界を
迎えていました…続く。

その音に感謝して
また、明日。

汚れなき愛を信じて 46話 「ツナガリ」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
その時、音を遮るために
分厚く造られたライブハウスの
大扉が開きました。
暗がりの会場に光がさします。
それは、人のシルエットだけを
僕の目に映しました。
スラリと伸びたその長身は、
どこでだって
目立ってしまいます。
彼女でした。

百草高台の屋根裏の夜の歌が
はじまります…。
諦めかけていた関係は、
まだ「歌の糸」で
繋がっていました。
彼女は一度として
僕の歌への気持を
違えた事などありませんでした。
それは、
誰かの彼氏彼女のような
趣旨のものではなく、
ひとりの女として
Liveに足を運ぶものでした。
そしてそれは、
彼女だけが知る強い信念だったに違いありません。

歌の糸で繋がった
男と女という生きものは、
ピンと張りつめた
目にはみえない「ツナガリ」を
その瞬間 その一音に感じて
生きるものなのかも知れません。
僕は彼女に教えられたのです。
決して外に出られる状態で
無かったにも拘らず
こうしてひとりの男の
歌を聴きに来るのは、
ひとりの女としての生きざま
彼女の「シルシ」に
他ならないのでした…続く。

夏を前にした風
君は大きく吸いこんだ
微笑む君の仕草を こよなく愛した
人を信じるたびに
深く傷ついてきたから
君は誰よりもきっと 人にやさしい

「私は弱くないわ」
「ひとりで生きてゆけるわ」
強がる君の瞳 微かな涙をみたよ

君が愛した男たちに
負けない愛を捧げよう
君がいるだけで 僕は強くなれる
汚れなき愛を信じて
〜1coachより
そのシルシに感謝して
また、明日。

汚れなき愛を信じて 45話 「影」

昨日の続き…。
大事の前の小事。
その目に
泣き腫らした痕を残す女と、
生業とするその声を
枯らした男は、
どちらも愚かでした。

東京は渋谷にある
老舗のライブハウスTAKE OFF 7。
今日は来ないだろう…。
本番前のリハーサルあとに
僕はそんなことを
思っていました。
1990年初頭の時代
気軽に相手の様子を
伺うことの出来る
メールや携帯電話など
ありません。
手前勝手な気持ちで
推し量る事でしか
僕らには術がありませんでした。

Liveがはじまりました。
彼女の姿はないようです。
このまま終わってしまうのかな。
僕はいよいよ、
そう感じていました。
肝入りで準備を重ねた
ワンマンLive。
出会ったばかりの頃、
新宿アルタ前の路上で歌っていた
ことが思い出されます。
彼女に見て欲しいな…。
ずっと運営に携わって来ていたし
お客様がまだ疎らだったのを
誰よりも近くで
見ていたひとだから…。
満員になったこの会場を見たら
喜んでくれるに違いない。
僕は強く願いました。

演奏も終盤にさしかかり
最後の曲のイントロが流れた
その時、音を遮るために
分厚く造られたライブハウスの
大扉が開きました。
暗がりの会場に光がさします。
それは、人のシルエットだけを
僕の目に映しました。
スラリと伸びたその長身は、
どこでだって
目立ってしまいます。
彼女でした…続く。

その影に感謝して
また、明日。

汚れなき愛を信じて 44話 「恋人たちの事情」

聞こえてますか?
昨日の続き…。
だけれど僕らは、
そんな時に限って
喧嘩をしてしまうようです。
大事なイベントを明日に控えた
夜のことでした。

出会った頃の喧嘩と
三年目を迎える男と女たちの
言い争いは、その内容の種類にも
違いがあるようです。
一対一の立会い…即ち
甘酸っぱいものなど
入り込む余地のない
真剣での斬り合いの体を
擁したものでした。
「間合い」を間違えれば、
その関係は一瞬で
終わってしまいます。
二人に限っていえば、
恋愛の死を意味しています。

誰もが経験するであろう
恋人たちの事情…。
一年目のそれと三年目のそれ。
その先にあるものは
七年目のそれ。そして…。
樹木の年輪を重ねるように
男と女の関係も
歴史を刻むのかも知れません。

前夜からの二人の喧嘩は、
明け方まで続きます。
それでもおさまりの
付く気配がありません。
楽屋入りの時間が
近づいた僕は、
後ろ髪を引かれる思いで
彼女を後にするのです。
大事の前の小事。
その目に
泣き腫らした痕を残す女と、
生業とするその声を
枯らした男は、
どちらも愚かでした…続く。

ひとに感謝して
また、明日。